新宿梁山泊『海底骨歌』棄民された「骨」たちへの鎮魂と贖罪
1942年2月3日、山口県宇部市にある長生炭鉱で落盤事故が起こり、坑内にいた183人全員が死亡、そのうち7割が徴用された朝鮮人労働者だった。
炭鉱事故は「非常」といい、海底炭鉱の場合は「水非常」と呼ばれた。
戦時中、軍需産業のために石炭増産が叫ばれ、無理して造った長生炭鉱の採掘坑は海底からの距離が近く、違法状態。事故はいつ起きてもおかしくなかった。そのため遺体は収容されず、事故は半ば隠蔽された。
しかし、91年、事故の記憶を継承することを目的として「長生炭鉱の“水非常”を歴史に刻む会」が結成され、その発展団体が現在、遺骨の収容・返還のために尽力している。2024年に坑口を発見、25年には世界有数のダイバーの協力で遺骨の一部を発見、収容した。
舞台はこの長生炭鉱事故を題材に、テント芝居として、歴史の闇と真っ向から斬り結んだ。
幕開け、純白のチマチョゴリ姿の巫堂(ペミヒャン)が“慰霊の舞”で恨(ハン)を解き放つと、舞台後方、海に立つピーヤ(炭鉱の排気口)から7人の男たちが現れ、テント舞台に駆け上がる。


















