浜村淳(1)同志社大放送部時代が“しゃべり”の下地をつくった
9月26日に最終回を迎えた「ありがとう浜村淳です」(MBSラジオ)。メインパーソナリティーを務める浜村淳(91)は1974年スタート当時は39歳だった。
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ラジオパーソナリティーで右に出る者はいないといわれる聞き心地のいい声と話術の達人といわしめたトークの下地を築いたのは同志社大学時代のことだという。
《浜村は、京都市出身。少年時代、紙芝居のオジサンから、語り手のイマジネーションの豊かさを学ぶ。
実家がある鷹峯は、太秦の撮影所が近く、放課後は時代劇の撮影現場に直行。エノケン(榎本健一)やロッパ(古川ロッパ)、長谷川一夫、田中絹代など往年の銀幕スターを間近で見ながら、ときめいていた。後に映画評論家として活躍するきっかけとなる。
また浜村の“しゃべり”の下地をつくったのは、同志社大学時代だ。新聞記者を志望して新聞学を専攻したが、サークルは「体育会系みたいなシゴキもないやろ」と、放送部へ。本職のアナウンサーを招いての勉強会で、滑舌法の重要性を知る。浜村は制作部だったが、アナウンス部と一緒に練習した。


















