“肥満タイプ”だった中村剛也に見出した潜在能力 だから西武は2巡目指名にこぎつけた
「指名当初は中村の体形についてああだこうだ、言われました。『あれではプロで通用しない』なんてね。でも、私は全く問題視していませんでした。打撃はしっかりとバットを振り切り、見事の一言。3年夏は8試合で6本打ったものの、大阪大会決勝で上宮太子に負けた。当時の試合会場は今はなき藤井寺球場。球場は狭い方だったけど、汗が噴き出るほど暑かった中、涼しい顔をして本塁打を量産した。甲子園には一度も出てないですけど、同僚スカウトの評価も高く、2巡目で指名することになりました」
今でこそ巨漢と言われる選手は少なくないが、当時は中村のような体形の選手を指名する球団は事実上、ないに等しかった。
「恐らく、ドカベンの香川伸行(南海1979年2位)まで遡るんじゃないですかね。でも、中村は体はちゃんと動いた。足は速くて俊敏でしたし、守備も肩が強く、送球コントロールも良かった。ボールを持ったら安心して見られた。走攻守のバランスが良く、いわゆるドンくささが全くなかったんです。高校時代は一塁しか守ったことがなかったですが、三塁でもやれると思っていました。マイペースな性格もいい意味でプロ向きだなと。ウチは2巡目指名ということで、渡辺智男スカウト(88年西武1位)と2人態勢を敷きました。他球団も注目していたと思いますけど、たぶん動きはなかったと思います」


















