仁村徹が中日入団直後「おかしい」と愚痴を…投手なのに毎日打撃練習させられた裏側
元東洋大監督の故・高橋昭雄氏による「見て聞いて育てて42年」(第18回=2013年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
前回から引き続き、仁村徹氏について綴られた、元東洋大監督の故・高橋昭雄氏による「見て聞いて育てて42年」(第18回=2013年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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82年春のリーグ戦。東洋大は駒大と勝ち点4同士で優勝をかけて戦うことになった。
その直前だった。わたしは初戦に仁村を先発させるべきかどうか迷っていた。
駒大は開校100周年で、8連勝中と勢いがあった。敵は100%、先発をエースの仁村と読んで、おそらく左打者を並べてくるに違いない。ストレートが120キロ程度の仁村では、つかまってしまうのではないかと不安になった。奇襲というか、2年生左腕・野崎和士の先発も考えた。野崎でいけるところまでいって、仁村につなぐ。そんなプランもあった。わたしはキャプテンの大西慶典を呼んで意見を聞いた。


















