“鬼の東都”で29勝・仁村徹 頑固で負けず嫌いで、プライドが高かったエピソード
元東洋大監督の故・高橋昭雄氏による「見て聞いて育てて42年」(第17回=2013年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
今回はあの仁村徹氏について綴られた、元東洋大監督の故・高橋昭雄氏による「見て聞いて育てて42年」(第17回=2013年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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1982年春、リーグ戦で優勝したときの最高殊勲選手、最優秀投手が当時、3年生だった仁村徹だ。4年時はエース兼キャプテンとしてチームを引っ張り、のちに中日へ入団した。
大学時代はアンダースロー。松沼博久のように下手から150キロ近い速球を投げていたのならともかく、ストレートの球速は120キロ程度。ボールが極端に遅いのに、4年間で通算29勝をマークした。
秘密は球持ちの良さと観察力にあった。
ボールを最後の最後まで離さない。打者をよく観察しながら、打者が苦手なコースを丁寧に攻めた。打者がストレートを狙っていると思えば、変化球でタイミングを狂わせた。


















