掛布雅之が示した阪神スター選手としての矜持 現役晩年はトラブルもあったけど…
元阪神OB会副会長・本間勝氏による「阪神タイガース表も裏も」(第13回=2010年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
今回はあの掛布雅之氏について綴られた元阪神OB会副会長・本間勝氏による「阪神タイガース表も裏も」(第13回=2010年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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私は、痛みとショックに打ちひしがれる掛布選手(雅之=現評論家)にかけるコトバが見つかりませんでした。
86年4月20日の中日戦。掛布が左手首に死球を受け、すぐさまタクシーで病院に向かいました。トレーナーとともに同行した私が助手席から「大丈夫か?」と声をかけても、左手首を握ったままうつろな目で「ハイ」と言うだけ。診断結果は左手首骨折。本人がこだわり続けた連続試合出場が663でストップした。この故障が、球団史上最多の349本塁打を放ったミスタータイガースを33歳の若さで引退に追い込んだといえるでしょう。


















