「寄るな享栄、触るな名電、中京見たら110番」 中京戦の直前では「打ったら生きて返さん」の脅しまで
「愛知私学4強」。愛工大名電、東邦、享栄、中京(現・中京大中京)の4校をそう呼ぶ。俺が高校時代を過ごした名電は毎年のようにプロに選手を輩出。「プロ野球養成学校」といわれていた。当時は工藤公康さんに憧れていたこともあり、「入るならやっぱり名電だよなあ」と誘われもしないのにそう思い込んでいた。
進路相談の時、中学の担任の先生から「中京はどうだ」と勧められた。でも、俺は「嫌です」と即答した。なにせ、当時の中京は4強の中でも群を抜いて“ワル”だったからだ。
「寄るな享栄、触るな名電、中京見たら110番」
昔(?)から愛知県内に伝わる標語だ。
名電や享栄も血の気の多い生徒が多かったものの、中京はダントツで怖かった。まさに人気漫画「ビー・バップ・ハイスクール」さながら。「アイツがガンを飛ばしてきた」などと言いがかりをつけられるのは日常茶飯事だった。中京相手となれば、グラウンド内外で常にケンカ腰。ラフプレーに中京の3年生がキレるとこちらも負けじとキレ返す。中京のタダならぬ雰囲気に、リーグ戦で中京と当たった公立高はビビって試合をやる前から負けてしまうほどだった。
ある時、野球部がバレーボール部の中京戦の応援に駆り出された。試合会場は中京の体育館。そこには中京野球部のメンバーも同じように駆り出されていて、その部員たちが俺の話をしていた。
「あの山﨑って野郎がさあ……」
聞こえてしまったから仕方ない。
「何やと!」
試合がバレーでも関係なかった。
春の1次リーグ戦で中京のグラウンドに行った時も、野球部の補欠メンバーご一行様がお出迎え。通り道にずらっと並んだ中京の控え選手が俺に顔を近づけ、耳元でこう囁かれた。
「おい、おまえ、今日の試合で打ったら生かして帰さんからな」
改めて言うが、これは野球の話である。
試合中もベンチやスタンドでの口ゲンカは当たり前だった。中京戦で俺が1試合2本塁打を打ったことがあった。スタンドの応援は名電が一塁側、中京が三塁側。俺が三塁からホームへ走り抜ける際、三塁側のスタンドから補欠たちの汚いヤジが頭上に降り注いできた。
カチンときた俺は、ホームを踏むと踵を返して中京スタンドに向かい、
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