『レット・イット・ビー』②「なすがまま」「あるがまま」に物申す還暦近い私の新解釈
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アルバム『レット・イット・ビー』(1970年5月8日発売)⑩
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■『レット・イット・ビー』②
この曲は、何を歌っているのか。「Let It Be」とはどういう意味なのか。
以下、英語にも、そして、この曲に見え隠れするキリスト教にも明るくない日本のいちビートルズファンとして考えてみる。
↓………ここから続き………
唐突にキリスト教の話を持ち出した。この曲の教会音楽性と、歌詞の「マザー・メアリー」(聖母マリア。ただしポールの母=メアリー説もあり)から出てきたものだ。
大体2パターンで訳されてきた。「なすがまま」「あるがまま」。しかしどうもしっくりと来ない。
「なすがまま」では、あまりに受動的過ぎないか。ただ状況に身を委ねているというか、主体性(それはビートルズの根幹だろう)が感じられない。
逆に「あるがまま」は静的過ぎやしないか。変化が止まっている感じ。変化性も、言うまでもなくビートルズの根幹だ。そんなバンドの末期にポールが「あるがまま」などと歌うだろうか。
試聴リンクからたどれる公式MVを見る。すでに四者四様、それぞれ別の方向を向いているメンバーを確かめる。
そして思う。「Let It Be=なるがまま」ではないのか。造語ではない。私の持っているCD『レット・イット・ビー スペシャル・エディション2CDデラックス』(21年)の歌詞カードではそう訳されている(対訳:奥田祐士)。
主体性と変化性をもって、70年代という、さらに激動の時代に、自分たちが「なる」べき方向に向かって進んでいく。そういう歌なのではないのか。
一時期は「ゲット・バック」=初期ビートルズのようなロックンロール・ライブバンドに戻ろうと、メンバーをけしかけたが頓挫したポールが、開き直って「みんな、なるがままにいこうぜ」と確認している歌と私は捉えたのだ。
このビートルズのキャリア土壇場の名曲を、このビートルズの連載土壇場において「なるがまま」と解釈する。
そして、この曲の発表から56年も経ち、60歳になるのを目の前にした私も、「なすがまま」でも「あるがまま」でもなく、「なるがまま」に生きていくぞと決意する。
もちろん、この解釈が、英語的に、キリスト教的に、ひいてはビートルズ的に正しいのかどうか分からない。でもロックの言葉の解釈なんて自由だ。ましてビートルズの解釈なんて、自由すぎるほど自由でなければいけないだろう。
「Let It Be」と書いて「なるがまま」と読む。これが本連載の到達点である。
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