ビートルズ
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『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』イントロのギター物まね
日刊ゲンダイ本紙での連載『スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ』では、まだたどり着いていませんが、個人的にビートルズの最高傑作は、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の最後を飾る『ア・デイ・イン...
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『マネー』ジョンのメロ変えシャウトに何度聞いてもゾクゾク
原稿を書くために、試聴リンクからこの曲を聴いて、驚くのだ。「めっちゃ音ええやん!」。 前々回、アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』の印象として、「音がガチャガチャしている」と書いたが、それは多分に、80年代初頭、私が初めて聴い...
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『オール・マイ・ラヴィング』日本人好みの超ド級のポップかつ胸キュンソング
アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』の発売の前に『フロム・ミー・トゥ・ユー』『シー・ラヴズ・ユー』(ともに1963年)という強力シングルが発売されたこともあったからか、『ウィズ~』からはイギリス、アメリカともにシングルがカットされなか...
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【Jポップの中のビートルズ①】オフコース『I LOVE YOU』
マニアに向けたマニアックな話ばかりも恐縮なので、ウェブ連載「もっとゼロからぜんぶ聴くビートルズ」の中に、新シリーズ「Jポップの中のビートルズ」を立ち上げて、ビートルズが歌われた/引用された邦楽を紹介していきたいと思います。 ...
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ジャケットの顔面面積とリンクするジョン・レノン色の強さ
これまで紹介してきたアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は、イギリスで売れに売れることとなる。 ヒットチャート(メロディーメーカー)で1963年5月に1位となり、そこから何と30週も1位に居座り続ける。 要するに、7...
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たった1日マラソンセッションの「ボーカリスト見本市」
今回はアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』の残り4曲を一気に。テーマは「ボーカリスト見本市」。 まずはジョン。作曲は、映画『明日に向って撃て!』の主題歌=B・J・トーマス『雨にぬれても』で知られるバート・バカラックである。 ...
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日本発売盤『ウィズ・ザ・ビートルズ』LPの「太帯」を愛でる
やっぱ太帯でしょう。 ビートルズが来日した1966年生まれ世代が手にしたLPは、この太い太い帯が付いたバージョンだった。 調べてみると76年にリリースされたもののようで、つまりは来日10周年、今から50年前という時期...
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『ミズリー』“5人目”のメンバーが施したキラキラ音質
アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』の2曲目。タイトルはビートルズを聴き始めてから覚えた単語。前回紹介した『アスク・ミー・ホワイ』にも出てきて、当時一体どんな意味かと思ったのだ。アメリカ「ミズーリ州」なども想像しながら。 そ...
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『アスク・ミー・ホワイ』「イングランドの森」に迷い込むような寂しさ
これもアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』収録曲ながら、アルバムに先んじて、1963年1月、シングル『プリーズ・プリーズ・ミー』のB面としてリリースされた曲。 私をビートルズ沼に突き落とした曲である。 81年、中3の...
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『All I've Got To Do』のイントロの変なコードの弾き方が判明
ビートルズは変なコード、変な響きをよく使う音楽家だ。連載『スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ』が始まって、あらためて彼らの楽曲を聴き込み、「あぁやっぱり変だわ」とあらためて驚いている。ちょっと呆れている。 今回は『オ...
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『ラヴ・ミー・ドゥ』は「はじめの一歩」からしてブルージーだった
ザ・ビートルズの記念すべきデビュー曲。1962年10月5日にイギリスで発売。日本では阪神と東映の日本シリーズが始まる寸前の頃。『プリーズ・プリーズ・ミー』もそうだったが、この曲の「顔」も、イントロのハーモニカだろう。 デビュ...
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童謡みたいなメロディーすらロックンロールに
「僕はいま、そのときのレコード・ジャケットをみながらこれを書いている。もうだいぶくたびれてはいるけれど、やはり圧倒的に懐かしい」 手元にある、この曲の日本での再発シングル盤のライナーからの引用。書いているのは音楽評論家の八木誠...
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あの頃のビートルズ本レビュー~CBS・ソニー出版『ビートルズ・サウンド』
生涯でいちばん読み込んだビートルズ本といえば、何といっても『ビートルズ・サウンド』。奥付を見ると、1979年4月10日に発行。私が持っているのは1981年版の「第十刷」(うらやましい)。 穴が開くほど読みました。というか、読...
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ポールの「フォー」の咆哮に「ハートは盗まれた」
衝撃の1枚の衝撃の1曲目である。 この曲の感動を数字で測定できるならば、冒頭のカウントが50%ぐらいを占めていると思う。 「ワン、ツー、スリー、フォー!」──叫んでいるのはポール。ドラマーではなくベーシスト&リードボー...
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まずはリバプールの悪ガキの初期衝動に身を委ねてほしい
2月11日。日本では「建国記念の日」だが(決して「建国記念日」ではない)、ロック史的には「ビートルズのファーストアルバム録音日」である。ということは、ある意味で「ロックンロール帝国の建国記念日」ということになる。 録音に費や...
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知れば老後が楽しくなる「リバプール殿の4人」
なぜ今ビートルズを「ゼロからぜんぶ聴く」べきなのか。その最後の理由は、世界ロック史という大河のど真ん中に彼らがいるから。 もしロック史を描くNHKの大河ドラマを作るなら、主人公はビートルズで決まりでしょう。タイトルは「リバプ...
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『レット・イット・ビー』の3番でポールはピアノをどう間違えたか
今回から装いも新たに「もっとゼロからぜんぶ聴くビートルズ」と題して、本紙紙面「スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ」と連動して、いや、適当に距離を保って、ビートルズに関する小ネタを、1週間に2本、放り込んでいきます。何とぞ、よ...
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もっと曲そのもの、音そのものを語ったれよ
昨日に引き続き、なぜ今ビートルズを「ゼロからぜんぶ聴く」のかについて。理由の第2は、ちょっと禅問答のようになりますが「ゼロからぜんぶ聴くことが難しくなっているから」。 「世界でもっとも情報があふれ返っている音楽家」と言っていい...
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オモシロの側面まで神棚に奉るのはつまらない
「ビートルズをゼロからぜんぶ聴きましょう!」 今日から約半年にわたって続く連載の冒頭にお伝えしたいのは、そんな私の思いです。 「ビートルズ? 知ってるようで知らないなぁ」という方は、これを機に、ビートルズとやらをゼロから...
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ブレーク前夜、豪徳寺の星空に吸い込まれた唯一無二の高音
前回、1975年以降の井上陽水について「妖怪ぬらりひょんのように、単一イメージでいることを拒否し続けた」と書いた。つかみどころがない不思議な人というイメージが、井上陽水の人気安定化につながったということが言いたかったのだ。 ...
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【日本武道館】の舞台に沢田研二が初めて立ったのはいつか
来たる11月18日火曜日、日本武道館にて沢田研二のコンサートが行われる。開演「16:30」というのが何ともいい。 それはともかく、ここで気になるのは沢田研二が初めて武道館の舞台に立ったのはいつか、ということだ。気にならないか...
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【伝説のコンサート】『ス・ト・リ・ッ・パ・ー』のドラムスに感じたこと
もう1つNHK BS『伝説のコンサート~沢田研二』ネタを。12曲目に披露された『ス・ト・リ・ッ・パ・ー』について。 これは当時、決して思わなかったことだろう──「ドラムスがしっくり来ない」。 言うまでもなく『伝説のコ...
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【伝説のコンサート】5曲目『僕は泣く』に聴く鶴久政治メロディーの本領
NHK BS『伝説のコンサート~沢田研二』が、さる10月9日(木)の午後7:30~9:15、無事オンエアされた。 本連載を読んでいただいている方々の多くは見た・録画したであろうから、今週は、あの番組を見て思ったことを2本、書...
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MVPのポール以外の3人もいい曲を繰り出している
元ビートルズの4人のうち1975年のMVPはポール・マッカートニーだろう。ヒットアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」をリリース。 前作「バンド・オン・ザ・ラン」の名義は「ポール・マッカートニー&ウイングス」だったが、ここで...
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解散後ジョージとリンゴが頭角を現しがっぷり四つの状態に
事実上の解散から5年経った1975年の段階でも、日本で、世界で、ビートルズは特別な存在であり続けた。 私は学生時代の一時期、70年代のロック雑誌を後追いで読みまくったものだが、レッド・ツェッペリン、クイーン、イーグルス、はた...
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【本橋信宏】の新刊で知る、加橋かつみに代わるタイガース新メンバー候補
本橋信宏の本にハズレなし。 日刊ゲンダイでも連載を担当している本橋氏だが、彼の新刊『昭和の謎』(大洋図書)がまた読ませるのだ。 副題は「二度と訪れないとんでもない時代への極私的回顧録」アイドルや漫画、テレビ、風俗、ビ...
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【加瀬邦彦】の作る「プロっぽい」メロディーの陰に宮川泰の助言あり
さる7月19日に、朝日カルチャーセンター横浜で行われた、近田春夫の講座「よみがえる昭和歌謡 GSからシティ・ポップまでヒット曲をふりかえる」の中で、前回紹介した『ダーリング』関連に加えて、もう1つ、沢田研二絡みで、印象的なトークがあ...
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ジョン・レノン(9)大麻について矢継ぎ早に質問…予期した通り肯定的だった
ジョン・レノンが笑顔で「プリーズ」と両手を広げたので、私とサンスポの記者が交互に1977年度に起きた芸能人の大麻事件を説明した。ジョンは鷲鼻の途中まで下がった丸メガネを指で上げると「ここは外国の日本だから、法的なことは分からない。ボ...
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ジョン・レノン(8)善意で招かれた取材なのに…デスクから「大麻のことを質問しろ」と注文
ジョン・レノン夫妻が“お忍び”で来日したのは1977年10月ごろで、この年は「芸能界大麻汚染」の取材に追われた年だった。レノン夫妻の来日は週刊誌や女性週刊誌などが奈良、京都、軽井沢……と2人を執拗に追いかけては報道したため、知れ渡っ...
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ジョン・レノン(7)「ツーショットを1枚撮らせて」と食い下がるとOKが…2人に深く礼を述べ、退散した
ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻は羽田空港から無線タクシーに乗ったので、追跡を開始した。ジョンたちの車は首都高にいったん入ったが、すぐに途中で降りた。尾行に気が付いたのだ。国道1号の品川あたりで突然タクシーが急停車、ジョンが降りてき...
