五木寛之 流されゆく日々
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連載11566回 「耳順」はアブない? <3>
(昨日のつづき) 聴力を維持することは、高齢者にとってかなりむずかしい作業である。 私は自分勝手な方法でそれをやっているが、効果のほどは確かめようがない。 エビデンスなき養生法、というのが…
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連載11565回 「耳順」はアブない? <2>
(昨日のつづき) 議論というのは、対立する意見があってこそ意味がある。 「なるほど。まったくだね。賛成だ」 だけでは、議論をする意味がない。 反対意見をのべるには、相手の論旨が理解できる…
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連載11564回 「耳順」はアブない? <1>
映画『ダイ・ハード』シリーズのヒーロー、ブルース・ウィリスが認知症と診断されたニュースを新聞で読んだ。 『ダイ・ハード』はビデオで何回か見たおぼえがあるので、ちょっと心が痛んだ。彼は昨年、失語症を…
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連載11563回 「喋れば、都」のひととき ─M・モラスキーさんとの対話─ <5>
(昨日のつづき) モラスキーさんとの対談の話を書くつもりが、いつのまにか横道にそれて勝手な雑談になってしまった。 まあ、羊頭狗肉は世のならいである。モラスキー氏の対談の詳細を知りたいと思われる…
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連載11562回 「喋れば、都」のひととき ─M・モラスキーさんとの対話─ <4>
(昨日のつづき) モラスキーさんとの対談の前に読んだ本のなかに、『呑めば、都』(ちくま文庫刊)というのがある。東京の中心部ではなく<辺境>のさまざまな居酒屋体験をまとめた一冊だが、そのディテールへ…
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連載11561回 「喋れば、都」のひととき ─M・モラスキーさんとの対話─ <3>
(昨日のつづき) 最近は<むかし話>をしても、ほとんど通じなくなった。戦後の音楽シーンを体験している仲間たちが、ほとんどいなくなってしまったからだ。 「銀座の<テネシー>でね」 と、言っても…
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連載11560回 「喋れば、都」のひととき ─M・モラスキーさんとの対話─ <2>
(昨日のつづき) モラスキーさんの日本語は東京の下町仕込みなので、九州産の私よりよほど歯切れがいい。 『ジャズ喫茶論――戦後の日本文化を歩く』(筑摩書房刊)の巻末に付されている著者略歴を拝借して…
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連載11559回 「喋れば、都」のひととき ─M・モラスキーさんとの対話─ <1>
私事にわたるが、先日、マイク・モラスキーさんと対談をした。一般に雑誌の対談などでは、1時間半か長くてせいぜい2時間といったところだが、その時の対談はフリートークに近い規格外の長い対談になった。 …
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連載11558回 遊びながら努力する <5>
(昨日のつづき) 以前、といっても数年前のことだが、『婦人公論』の仕事で佐藤愛子先輩と対談をしたことがあった。 佐藤さんはおん歳九十ウン歳でいらっしゃる。90歳の私からしても大先輩だ。 小…
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連載11557回 遊びながら努力する <4>
(昨日のつづき) 認知症をなおすことはむずかしい。 しかし、その進行をおくらせることができるとすれば、それは一つの希望ではある。 加齢とともに人はボケる。当面、それを阻止する手だてはない。…
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連載11556回 遊びながら努力する <3>
(昨日のつづき) いわゆる認知症やアルツハイマー型の症状に対しては、現在もさまざまな対抗策が紹介されている。 生理的なトレーニングによって、ボケるのを少しでもおくらせよう、軽減させようという対…
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連載11555回 遊びながら努力する <2>
(昨日のつづき) この連載を、ときどき読んでくれている古い友人の一人から、 「最近、<正しいボケかた>なんて言ってるけど、ボケに正しいも、間違いもないだろう。良いボケ、悪いボケなどと区別するのは…
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連載11554回 遊びながら努力する <1>
(先週のつづき) 先週まで<正しいボケかた><望ましいボケかた>などについて、『下を向いて歩きながら』というタイトルで書いてきた。 要するに、ボケを否定したり、怖がったりするな、という話の続き…
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連載11553回 下を向いて歩きながら <5>
(昨日のつづき) 前おきが長くなった。本題にもどる。 問題はボケることではない。人は加齢とともに自然にボケるものだと納得する。ボケることを怖がったり、否定して逆らったりするのは間違いだ。 …
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連載11552回 下を向いて歩きながら <4>
(昨日のつづき) 年をとると人間の体は衰える。 これは永遠の真理である。体型も変るし、運動能力も低下する。 いま現在、私は20代の頃より身長が2センチあまり縮んだ。長くはいているズボンの裾…
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連載11551回 下を向いて歩きながら <3>
(昨日のつづき) 閑話休題。昔ばなしを始めるときりがない。うらやましいボケかた、のぞましいボケかたのほうへ話をもどそう。 前にも書いたことがあるので、憶えていらっしゃるかたもおられることだろう…
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連載11550回 下を向いて歩きながら <2>
(昨日のつづき) 私たちは一体、どんなふうにボケていくのだろうか。 普通に考えられるのは、まず記憶力の減退だろう。物忘れとか、うっかり、とか、記憶の退化は日常的な現象である。 固有名詞、す…
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連載11549回 下を向いて歩きながら <1>
いま私たち平均的な日本人が抱いている不安はなんだろう。 戦後、かなり長いあいだ私たちは<はやく死ぬこと>への不安を抱いて生きてきた。いわゆる健康ブームの正体はそれである。 しかしいま、私たち…
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連載11548回 男の更年期について <5>
(昨日のつづき) いずれにせよ最近の医学の進歩には驚くべきものがある。体の問題だけでなく、精神面と結びついた健康へのアプローチが、すざまじい勢いで進化しているのだ。 人生、といえば心の問題とし…
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連載11547回 男の更年期について <4>
(昨日のつづき) 私たちの昭和ヒトケタ世代には、ある奇妙な傾向があるらしい。 それは日常生活の中では近代科学の成果にドップリつかりながら、どこかでそれを信用していないところである。 笑われ…