萩本欽一〈53〉スポンサーなしで始めた番組に起きたウソのような偶然、「道端で出くわした人が桃屋の社長さんで…」
名刺を差し出し「いつでも連絡ください」
萩本「うん。でもこれじゃキリがないから、両方ともお金を出さないで済む方法を考えようって。それでBS日テレに番組宣伝を流す3分の枠があったの。その時間を使えば新しくお金をかけなくてもできる。それが結論で、だから最初は3分の番組になったわけ」
増田「それが現在は30分番組になっている」
萩本「はい。最初は半年やってスポンサーがつかなかったら終わりにするって私は言ってたの。ところが、そろそろ半年になるのにスポンサーが出てこない。ああ、これ終わるなと思ってたら、また偶然が起きたの」
増田「今度は何が起きたんですか?」
萩本「うちの近所を車で走ってたら、道が狭いから止まったの。窓を開けて大丈夫かなと思ってたら、そこにいた人が『あれ? 欽ちゃんじゃない?』って」
増田「普通の道端で?」
萩本「そう。何かありがたいことを言ってくれるから、『ありがとうございます』って車を降りたの。そうしたら名刺をくれた。その人が桃屋の社長だったわけ」
増田「『ごはんですよ!』の桃屋*ですか?」
※桃屋(ももや):東京都中央区に本社を置く食品メーカー。1920年創業。海苔佃煮「江戸むらさき」や「ごはんですよ!」をはじめ、ザーサイ、メンマ、キムチの素など、ご飯に合う瓶詰め食品や調味料を数多く製造・販売している。三木のり平をモデルにしたアニメーションCMでも広く知られる。萩本欽一の『9階のハギモトさん』では、番組の趣旨に賛同してスポンサーとなった。
萩本「そう」
増田「そんな出会いもあるんですね」
萩本「うん。それで『何かあったらいつでも電話してください』って言うからさ、私、『社長ね、こんな怪しげなもんに名刺出して、いつでも電話してくださいなんて言わないほうがいいよ』って言ったの(笑)。そしたら笑ってるわけ」
増田「それが本当に初対面だったんですか?」
萩本「初対面。運ですよ」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















