シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(51)秘書の細川護貞が私に語った近衛文麿の持病
近衛文麿首相が首脳会談を最終的に諦めたのはいつだったのか。そして近衛自身の当時(昭和16年8月、9月、そして10月)の心情はいかなるものだったのか。その点を吟味しておく必要があるやに思える。この心情についてはこれまで十分に語られているとは思えないからだ。むしろ、近衛の優柔不断さ…
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