保阪正康 日本史縦横無尽
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シリーズ「憲法と日本人」(35)仕えるべき主人となったアメリカ──「対米関係」こそが改憲・護憲のカギである
原則的護憲論にせよ、全面的改憲論にせよ、つまりは「対米関係」をいかに考えるかというのが鍵になる。アメリカと軍事的対決を試み、それこそグウの音も出ないほどに解体させられた。そして、占領政策を受け入れて…
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シリーズ「憲法と日本人」(34)国内においてこれほど外国の軍隊がいる国は独立国ではないと、指摘した改憲派学者
日本は今なお植民地のような状態だ、というのが神川彦松公述人の主張である。第9条をめぐる論戦は、この点についても深く及んでいく。神川の「日本はいまだ植民地である」という論に、詳しい説明を求めたのは、社…
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シリーズ「憲法と日本人」(33)「女性天皇容認」は当然という空気──昭和29年の改憲案で見せた“余裕”
昭和29年に自由党(のちの自民党)が示した憲法改正の方向についてだが、あえて皮肉な項目と言っていいような内容が見られる。それについて読み解いていきたい。8項目の中の最初の項目(天皇)の中に、現在から…
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シリーズ「憲法と日本人」(32)「国民主権を事実上侵害している」──自由党改憲案が見せた露骨な思惑
この公聴会のやりとりの中で、時折野党側からも、「自由党の改正案」とか「改進党案」という語が出てくる。これについても説明しておくと、自由党憲法調査会(会長・岸信介)は改正の方向はこういう点にあるとの文…
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シリーズ「憲法と日本人」(31)「天皇が元首になれば」──自民党改憲派の質問は、旧憲法へのノスタルジーを露骨に反映していた
「現行憲法におきましては、いったい日本国を代表するものが、天皇であるのか、総理大臣であるのか、その点すら私どもは解釈上はっきりしないと思います。そこで日本国は共和国であるとか、あるいは元首なき民主国で…
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シリーズ「憲法と日本人」(30)東條内閣の内務次官にまで上り詰め、ファシズム体制を推進した自民党議員が登場
全面的改憲論の政治学者・神川彦松と、社会党の原則的護憲派の石橋政嗣のやりとりは、55年体制のほぼスタートの時期に交わされたモデルケースである。いくつかの論点がそれなりに明白になっているのだが、前回紹…
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シリーズ「憲法と日本人」(29)神川彦松は、憲法草案を作るなら政治家はいらぬ、全部学識経験者にしろ、と主張した
石橋政嗣の質問が巧妙だったこともあるのだろうが、神川は、主権の確立の手段として革命によって獲得しなければダメだという言い方をしている。もちろん神川は、革命によって主権の獲得を目指せと民主主義政府樹立…
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シリーズ「憲法と日本人」(28)改憲派学者・神川彦松は、国民主権は革命の力で戦い取れ、と述べた
民主主義とは何かを論じ合う。それが70年前の改憲論者と護憲論者の認識の違いのよすがでもあったのだ。それは実は今につながる本質なのかもしれない。この第1回の公聴会の議事録に触れていると、そのような感じ…
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シリーズ「憲法と日本人」(27)憲法施行78年が経つ中、いまさら無効宣言をする改憲論はありえない
その上で神川彦松は、日本が憲法を改正するためには、マッカーサーでさえ明治憲法の第73条に基づいて行ったのだから、今後の改正も憲法第96条に基づくのが法理というものだと言っている。そして、次のように主…
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シリーズ「憲法と日本人」(26)石橋政嗣に追及された改憲派学者の神川彦松は、憲法を守るべきと断言した
神川彦松の見解には矛盾があると、社会党の石橋政嗣は詰め寄っている。 どういうことかというと、「マッカーサー憲法だ」「占領憲法だ」と神川は決めつける。ならば、占領が解けた時にこの憲法は効力を失…
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シリーズ「憲法と日本人」(25)「押し付け」ならば無効宣言すればいい…石橋政嗣の神川彦松への問いかけ
衆議院内閣委員会の第1回公聴会での、3人の公述人(神川彦松、中村哲、戒能通孝)の意見陳述の後、自民党、社会党の代議士が質問に立った。むろん自民党所属の代議士は、中村や戒能に対してのかなり底意地の悪い…
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シリーズ「憲法と日本人」(24)「マッカーサー憲法」「占領憲法」という主張は、改憲をする主たる理由にはならない
その上で中村哲は、マッカーサー憲法という言い方は成り立たないと反論する。 「前の憲法を明治憲法というのは、明治時代に作った憲法という意味でしょう。仮に明治天皇が作った憲法であるとするなら、今の…
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シリーズ「憲法と日本人」(23)大日本帝国礼賛派とも言うべき神川彦松の戦後憲法批判
神川彦松は続けて以下のように自らの見解を披歴する。抜粋の形になるが、引用を続ける。 「(敗戦による)軍事占領、軍事統治の結果として、今の憲法ができたのであります。ところがこの憲法を作るというこ…
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シリーズ「憲法と日本人」(22)公聴会で改憲論 学者・神川彦松が断じた「マッカーサー憲法」
公聴会に出席し、公聴人に質問を行った社会党議員にはどのような人物がいたのか。こちらは自民党の旧軍人、内務官僚に対して、全く肌合いが異なっている点に特徴がある。 繰り返しになるが、社会党を代表…
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シリーズ「憲法と日本人」(21)55年体制下の憲法大論争に迫る…旧軍人と内務官僚の「怨念」
この公聴会の重要性は今にして思えば、憲法擁護、憲法改正の論点のスタートともいうべき内容が含まれていることだ。加えて開催時(昭和31年3月16日)というのは、いわゆる「55年体制」がスタートした頃であ…
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シリーズ「憲法と日本人」(20)「占領憲法」「マッカーサー憲法」という暴論の源流を遡る
さてこのシリーズでは、護憲、改憲の二元論に異議を申し立てつつ、あえて5つの分類を試みながら、そうした論調の内実を確かめている。5つとは「護憲的改憲論」「改憲的護憲論」「原則的護憲論」「全面的改憲論」…
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シリーズ「憲法と日本人」(19)明治憲法さえも死滅状態にさせていった軍事機構の危険性
石原莞爾らしい負けず嫌いの見解である。今、走っているフィールドを逆にすれば、非軍事のトップランナーを走っていることになり、それにはそれにふさわしい役割があるんだという見方である。憲法はそのための手段…
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シリーズ「憲法と日本人」(18)石原莞爾の「軍備放棄」と「戦争否定」は護憲や改憲を超えていた
石原莞爾は、日本軍国主義の具現化を企図した軍人である。その軍人が、敗戦時に日本の進む道は「軍事」であってはならないと自省したのである。廃虚と化したこの国の現実に触れて、自らの軍事理論も崩壊したことを…
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シリーズ「憲法と日本人」(17)敗戦後、石原莞爾は自らの「世界最終戦論」の未熟さを自覚したのだった
山形県鶴岡市で敗戦を迎えた石原莞爾は、いかなる認識を2つの視点に絞り込んだのだろうか。私はその視点を次のように理解するのである。 ①私の「世界最終戦論」は、論旨に未熟なところがあり、誤りがあっ…
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シリーズ「憲法と日本人」(16)石原莞爾は現役軍人でありながら「日米最終戦争」を公言していた
石原莞爾が、敗戦後に自らの軍事理論を放棄して、新しい時代における憲法について極めて新鮮な見解を明らかにしたのはなぜだろうか。この種の分析は、これまであまり精細には行われていない。実際に石原は、マッカ…
