星野仙一監督の「怒りのキックの強さ」を測るためにあえてボクがやったこと
元ヤクルト・ギャオス内藤氏による「ギャーギャー言わせていただきます」(第10回=2011年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係――。
前回に引き続き、はあの故・星野仙一氏について綴られた、元ヤクルト・ギャオス内藤氏による「ギャーギャー言わせていただきます」(第10回=2011年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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ヤクルト時代の89年6月25日、札幌・円山球場。ボクは、星野仙一さん(楽天監督)率いる中日との対戦でエース西本さん(聖=ロッテコーチ)との投げ合いを制し、無四球完封勝ちを挙げました。星野さんは試合後、「打てない、守れないじゃあどうしようもない」と、苦虫を噛み潰したそうです。
86年のドラフトでヤクルトに3位指名され、「(当時の中日監督だった)星野さんを見返したい」と高らかに宣言しました。その年、中日は山崎武司(楽天)ら愛知県出身の選手を3人獲得しました。星野さんは後々、「内藤を指名したかった」と言ってくれたそうですが、ボクも愛知県出身なのに、地元球団から声がかかりませんでした。でも本当は、東京に行きたくて仕方なかったから、指名されなくてラッキーだったんですけどね!


















