星野仙一は阪神に残るつもりだったが…優勝で収入倍増も、電鉄の“閉鎖体質”は変わらなかった
2003年優勝 野崎勝義元球団社長 #後編
「優勝しても儲かるやないか!」
03年、タイガースは星野監督の下で18年ぶりのリーグ優勝。私も久万オーナーも、当初は優勝すると赤字になると思っていた。
優勝祝い金や優勝旅行、優勝パーティーなどの支出がかさみ、その年の収支はマイナスになると考えていた。
しかし、実際の収入は我々の想像を超えた。私がタイガースに来た1996年当時の70億円から150億~170億円に上った。全国各地で優勝セールが行われ、関連会社への波及効果も大きかった。収入が飛躍的に伸びたため、久万オーナーは驚いたのだ。
野村監督や星野監督の要望もあって意識が徐々に変わりつつあった久万オーナーが、球団経営に本腰を入れたのは02年のシーズンオフの補強からだった。
星野監督が現場の意識改革をする一方で、私はフロント内部の地ならしに力を注いだ。星野監督が就任した01年オフには、編成部門を仕切っていた最大派閥の番頭格を関連会社に出向させた。
スカウトの血を入れ替え、少数精鋭にするだけでなく、派閥そのものを骨抜きにした。外部から優秀なフロントマンや営業マンをスカウトして、球団改革の知恵を出してもらった。


















