森本毅郎86歳 今も毎日生放送!
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【48.AIを侮るなかれ】この年になるまで放送を続けられたわけを考える
1年間の連載も今回が最後となった。拙文を辛抱強く読んで下さった方々に心から感謝。ありがとうございました。私の放送人生も今年で62年。長ければいいというわけではないが、20年余り勤めたNHKを退局した…
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【46.シンボリルドルフとオグリキャップ】岡部幸雄さんに教わった名馬を育てる奥の深さ
今年は午年、しかも60年に一度の丙午なので馬の話を。イギリス、ウースター市はロンドンの西北にある美しい小都市である。ここにある陶磁器メーカーのロイヤルウースター社をTV番組の取材で訪れたのはもう37…
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【46.迷走地ドラマの世界】松本清張の「迷走地図」で海外ロケに
「ドラマに出てみませんか」と誘われたのは1989年、50歳の時である。江波戸哲夫原作の「兜町」をドラマ化したもので、主演の田村正和さんと対立する証券会社の専務役だった。慶応大学時代に演劇部に籍を置いて…
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【45.NHKを辞めた日】人事異動を巡る激しいやリ取りは廊下まで鳴り響いた
「私事ですが、今日でNHKを去ることになりました」と「NHKニュースワイド」の番組の中で報告したのは1984年2月29日である。放送が終わると、私はアナウンス室長の部屋に呼ばれ「願により職を解く」とい…
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【44.大橋先生】「組織に向かない」という担当教授の予言が当たった
大学時代は学問に身が入らず、遊びや趣味にばかり時間を費やしていた。卒業論文を出す時期になって、何をテーマに考えるのかを自問し始めた。英米文学を専攻していたものの、作家や作品の風土に触れるためにイギリ…
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【43.トロイアの女】半世紀前に上演された衝撃のギリシャ悲劇が蘇る
「トロイアの女」は紀元前415年、アテネで初演されたエウリピデスのギリシャ悲劇である。アテネはメロス島の市民を皆殺しにし、女と子供を奴隷にした。エウリピデスは戦争を勝者の物語にせず、敗者の地獄として描…
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【42.初めての長期入院】「死と向き合っているという実感を体験
去年12月初めに発熱して肺炎と診断され入院となった。年寄りの肺炎は命取りと認識していたから正直なところ、来たかと身構えた。しかし、程なく平熱に戻り、炎症反応も下がったので週末は退院となってそれで済め…
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【41.心に溜める情熱】円地文子さんが語った「女という倶利迦羅紋々」
NHKの「女性手帳」という番組はタイトル通り、女性の出演者、特に女流作家が多かった。私が担当し始めた1974年には「炎環」で直木賞をとった永井路子さん、当時まだ若く気鋭の作家だった竹西寛子さん、源氏…
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【40.見なければ描けない】後になってハッとした武者小路実篤さんの一言
最近は世の中にあらゆる情報があふれている。世の中の動きはネット検索すれば一通りのことが瞬時に分かる。そうした時代にテレビやラジオが必要とされるものは何かが問われている。情報伝達という側面に限って言え…
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【39.教えることは学ぶこと】「遺言」のつもりで斎藤秀雄氏が語ったこと
「女性手帳」をNHKが放送したのは1967年から82年までの15年間である。平日の昼2時から毎日30分、5回にわたって各界一流の人物にインタビューする番組だった。私が担当したのは74年4月からの3年間…
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【38.サハラの旅】若い鹿の命を巡る兄弟ゲンカ
今年の「世界食料共同報告」で、世界の飢餓スポット16カ国のうち、アフリカの9カ国が含まれているというリポートを読んだ。スーダン、マリ、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、ソマリア等だ。その一つ、マリ共和…
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【37.木登り】成城学園時代は内向的でいじめっ子の標的だった
私がNHKのアナウンサーに採用されたと伝えたとき、母は驚いて「引っ込み思案のあなたがアナウンサーなんて務まるの」と心配した。私が大人になろうが、中年になろうが、母にとって私は末っ子の内向的な子供でし…
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【36.梨の花】朗読をめぐる名人と名優の凄み
最近、私がNHK時代にナレーションを担当した番組が再放送された。一つは「江夏の21球」。1979年の日本シリーズ第7戦広島東洋カープ対近鉄バファローズの九回裏、江夏豊投手が投げた21球に焦点を当てた…
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【35.フリーランス】冷や汗ものだった「レコード大賞」の司会も懐かしい
TBSとの契約は最初の頃専属契約だったから、思ってもみないような番組が降ってくることもあった。中でも1984年から3年にわたって司会することになった「レコード大賞」は今でも冷や汗ものである。私は芸能…
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【34.竹槍戦術】新聞に「TBSのお荷物」と叩かれ意をを決した
TBSと専属契約したのは1984年春である。NHKから民放という未知の世界への転身は私にとって大きな変化であったと同時に、受け入れるTBSにとっても私をどう扱ったものか迷いもあったと思う。最初に提示…
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【33.イワンの夢】音楽家への夢を貫いた次兄の思い出
2024年12月、作曲家の間宮芳生さんが亡くなった。生前、インタビューでお目にかかった時、「私は兄の聴いていたレコードで曲のメロディーは歌えるのですが、曲名が分からないのです」と言ったところ、「実は…
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【32.カラマーゾフの兄弟】兄・哲郎の形見分けは夏目漱石の初版復刻版
私は7人きょうだいの末っ子である。姉が4人、兄が2人だが、すぐ上の姉とは7つも年が離れているのでまるで一人っ子のようでもある。父は宮司の息子だったから神宮皇学館で学んだのだが宮司への道を嫌って上京し…
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【31.スピードアップ】それまでの常識を覆すスピードでニュースを読んだ
「NHKニュースワイド」がスタートした時期はTV界にとって激動の時代だった。海外ではアメリカの3大ネットワークが大型ニュース番組でしのぎを削り、技術革新の波が放送技術の分野にも押し寄せる。私たちは番組…
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【30.グレースの微笑】忘れられない幻のインタビュー
大阪万博が閉幕。当初、開催に批判が多かったにもかかわらず、入場者は2500万人を突破したという。「喉元過ぎれば」で、お祭りには弱い国民性がよく表れた結果だ。運営収支は黒字とメディアは一斉に報じている…
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【29.41年ぶりのNHK】「ニュースワイド」はアンカーを誰にするかで揉めに揉めた
放送開始100年の節目に当たる今年3月、私はNHKラジオから出演を依頼された。「森本毅郎41年ぶりのNHK」といういささか大仰なタイトルの番組である。久しぶりに足を踏み入れたNHKの局舎内は記憶にあ…
