ニューフーゾク経営者 哀愁の日々
-

(1)月収120万円以上!マミが「のぞき部屋」で稼げる理由
のぞき部屋、ノーパン喫茶、ヘルスなどニュー風俗が誕生して50年近くなる。その頃からその世界に身を置いて足かけ60年、ニュー風俗の「生き字引」とも言えるギャルが私の経営する店にいた。彼女、マミの青春は…
-

(2)“レオ”は「高卒」のはずが、じつは早稲田の商学部学生だった
いろんな女の娘がいるから、この仕事は面白い。賢い、そして翔んでるギャルは予想もしないことをしでかすから、毎日がサプライズで刺激的だった。 もし運命のいたずらが生じていたら、私が逆に使われてい…
-

(3)寮の部屋を“フン屋敷”にしたアキの信じられない言葉
私の店で働くために地方から上京している女性は、自分で部屋を借りている場合を除いて、ほとんどが店から近い百人町や大久保近辺にある4カ所の寮に住んでいた。 「社長。私も寮に入りたいんです」。働いて…
-

(4)いまでも元従業員の夫婦からお中元とお歳暮が届く
従業員同士の恋愛はご法度だ。発覚したときは両者とも店を辞めてもらっていた。ただ、経営者として働いた25年間で唯一の例外があった。 「アメリカンクリスタル」にネネという女性がいた。彼女の年齢は2…
-

(5)「未練なんかない。劇団も辞めたわ」
経営するフーゾク店の宣伝にはいろいろとトライした。いまではインターネットが当たり前だが、昭和、平成の時代はテレビ、雑誌、スポーツ新聞が主流だった。そうしたメディアに店の看板女性を登場させれば効果テキ…
-

(6)ユリは初体験の男のために、身を削って働いた
私が経営した2店舗でもっとも稼いだ女性の話をしよう。彼女の店での名前はユリ。足かけ11年働き、稼いだお金は優に2億5000万円は超える。彼女が入店したのは「エイズ騒動」が沈静化した1988年。ひとり…
-

(7)「バカなのか、利口なのか?」わからなかった“ジル”という女性
いまは、お小遣いが欲しい、OLをやりながらちょっとした生活の足しにしたいといった軽い気持ちでフーゾクの世界に飛び込んでくる女性は多い。だが、私がフーゾクに関わりはじめた昭和、平成の時代は違っていた。…
