武田久美子に聞いた「ミューズ式早寝早起き子育て術」一人娘は医大生 23年ぶり写真集『Sango』発売【後編】
「マッチ(近藤真彦)に会って恩返ししたい」
──子供の習い事はどのように?
娘はロッククライミングの体験施設に行ったらまだ1歳なのに、おサルさんみたいにものすごい速さで登っていくので、この子は運動能力の高い子なんだなと感じで、運動の機会を増やしました。2歳半からバレエを始め、3歳からフィギュアスケートを始めて。2、3歳の頃の習い事の記憶なんてないかもしれませんが、子供に体験する機会を与えることが大事。また、学校と違うコミュニティー、居場所を作ることで学校が嫌なことがあっても、別の居場所に行けばいい。学校で行き詰まって命を落とすようなことがあってはいけませんし、世界は1つじゃないことも教えたかったんです。
ニューヨークに住んでいた4歳ごろにはスイミングも習わせました。アメリカでは水泳の授業がないので、泳げないことで危険が及ぶことのないよう習わせました。最初はグループのクラスに通ったのですが、授業ができない子のお世話で終わってしまっていつまでも泳げるようにならないので、マンション内のプールでパーソナル指導に変えたらみるみるうちに泳げるようになり「スイミングチームに入ったら?」と勧められるほどになりました。
──子供の個性を伸ばすためにしていたことは?
意思を尊重することかな。最近は大人中心の家庭で、ある意味聞き分けのいい、というか、大人の空気を読む子も多いですが、我が家は子供中心。選択肢を増やすことで、子供も意思や嗜好のハッキリした子になるように育ててきました。なので娘は「今日のご飯何食べる?」と聞いたら「〇〇が食べたい」って言う子で。彼女に「なんでもいい」という答えはなかったですね。
──おやつは?
私も娘も甘いものを食べる習慣がなくて、甘いものでご褒美にするという概念はなかったかも。
──アメリカの学校はボランティアなど学校行事も多いが。
私は積極的に参加していました。学校のボランティアだって10年も20年も続くわけではありませんからポジティブにとらえちました。先生と距離が近くなるし、学校の中での子供の様子もわかるし、学校に親が行くと子供も喜びます。ニューヨークでは教員の人員削減で、私が授業のサポートに入る機会もありました。美術の先生のサポートのつもりが、副担任的なポジションになって「クミコ先生」と呼ばれていました。
──ママとは呼ばず、周囲からも「クミコ」と呼ばれているそうで。
娘は保育園くらいからマミーを卒業して「クミコ」と呼ぶようになりました。おかげで娘の友達も先生たちもクミコで呼ぶので「〇〇ちゃんママ」という肩書は経験がありません。クミコという名前はアメリカ人も発音しやすいそうで、親に感謝です。


















