「あ、私と同じ」と思わせる多面性が特別に愛された「ジョン・レノン中間管理職説」
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特別編「その後のビートルズ~ジョン・レノン」②
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前回に続いて「愛と平和のジョン・レノン」という薄っぺらい言葉ではまとめられないジョンの実像を読み解いていく。
『ザ・ビートルズ:Get Back』という映像作品がある。ざっくりいえば、解散直前のビートルズの姿を追った映画『レット・イット・ビー』(70年)の再編集・拡大版だ。
ディズニープラスで2021年の11月に配信が始まってすぐに見た。トータル約8時間の長丁場。しかし、せっかちな私でも無事完走できたのだから、さすがビートルズだ。
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私事ながら、当時の私は約30年勤め上げた会社を早期退職し、フリーランスになった直後だった。なので、どこかふわふわした気分で画面を見つめたのを覚えている。
いちばん驚いたのは、メンバー同士がどんどんギスギスしていく中でのジョンの姿だ。
終始おどけながら、周囲の雰囲気を何とか盛り上げようとしているジョン。「ビートルズなんて、もう知らねえよ」とわれ関せず、ヨーコとイチャイチャしているものだと想像していたので、そのムードメーカーぶりはイメージを覆すものだった。
野球チームに例えれば、ポールが監督で、ジョージとリンゴがモチベーションの下がった選手。そのはざまで、監督と選手を取り持ち、チームを何とか取りまとめようとしているヘッドコーチのように見えたのだった。
ただ、状況的に、ビートルズを心から盛り上げようとはさすがに思っていなかったはずだ。それでも、盟友のポールがあんなに必死になっているのだから、とりあえずは形だけでもこなそうよ。なっ、ジョージ、そんなにむくれるなよ……という気持ちだったと思う。
見えてきたのはヘッドコーチ、ひいては中間管理職としてのジョンである。「何だ、つい先日までの私と同じじゃないか」と、急に親しみが湧いてきたのだ。
以上、極私的な「ジョン中間管理職説」を書いてみた。この読みが的を射ているかどうかは別として、精神性が多面的だった結果として「あ、私と近いかも」と聴き手に思わせる力がもっとも強かったメンバーがジョンではなかったか。だからこそ、もっとも特別な形で愛されたのではないか。
1980年、ジョンは命を奪われた。享年40。しかしジョンはまだ生きている。「ジョンは私自身である」という世界中の聴き手が抱く思いの総和として。
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