『ジョンとヨーコのバラード』珍道中をジャーナリスティックに歌いつづった快調なR&R
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アルバム『パスト・マスターズvol.2』(1988年3月7日発売)⑥
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■『ジョンとヨーコのバラード』
タイトルからすると、結婚してすぐのジョンがオノ・ヨーコに捧げた壮大なラブバラードと思ってしまうが、実は、ジョンとヨーコの結婚にまつわる珍道中を歌いつづった快調なロックンロールである。さらにはビートルズが最後に録音したスリーコードのロックンロールである。
録音に参加しているのはジョンとポールのみ。もうロックンロールとは別の世界の住人になっていた2人だが、でも、こういうのを録音するのは、お茶の子さいさいだったろう。
ヨーロッパを転々とする珍道中。サウサンプトン(イギリス)→パリ(フランス)→ジブラルタル(イギリス領土)→アムステルダム(オランダ)→ウィーン(オーストリア)を経て、ロンドンに帰る結婚すごろく。
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多くのビートルズファンは「ジブラルタル」というイベリア半島の先っぽにある地名をこの曲で知ったはずだ。
だから「ジブラルタ生命」という文字列を見ると、今でもこの曲が脳内に流れ出すラルタル。
またアムステルダムのパートでは、有名な「ベッド・イン」について歌われる。1969年3月、平和活動「ラヴ&ピース」の一環として、ジョンとヨーコがベッドに座って報道陣のインタビューを受けるというパフォーマンスである。
と、音楽的には懐かしのロックンロールなのだが、歌詞はなかなかにジャーナリスティックで、ビートルズというより、ジョン・レノンのソロと言った方が据わりのいいものだった。
結果、イギリスでは、ビートルズ解散前の最後の1位曲となったが、アメリカでは残念ながら8位にとどまった。歌詞の中で「クライスト(キリスト)!」と叫ぶパートを宗教的に問題視して放送禁止にした局があったことも影響したと言われている。
最後に、ジョンは知らないことだろうが、この珍道中はロンドンから横浜にまで飛び火していた。
広島から横浜に出て修行を積んでいたアマチュア時代の矢沢永吉のレパートリーだったのだ。ベースを弾きながら歌うのに苦労したらしい。以下、自著『成りあがり』(角川文庫)からの引用。
──でも、ずっと練習してるうちに合うようになってきた。『ジョンとヨーコのバラード』なんか弾きながら歌えるようになった。二か月ぐらいで、歌もバリバリやりながら弾けるようになった。
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