歌手・山内惠介さん「カラオケ大会会場での母の叫び声で、僕は歌手になれた」
ラジオ「垣花正 あなたとハッピー!」で鍛えられた
翌年、17歳でデビュー。でも、6年間は芽が出なくて潜っていた感じです。新曲のプロモーションをしても結果が出なければ続かない。だんだん歌う場もなくなる。キャンペーン先で「まだ歌ってたんだ。最近テレビで見ないから辞めたのかと思った」とお客さんから言われた時は落ち込みました。あの言葉は一生忘れないですね。
今の事務所に移ったのは2007年。翌年ニッポン放送の「垣花正 あなたとハッピー!」の街頭中継を始めました。好評で週1回が2回になり、5年間続けました。それでようやく東京、横浜、千葉、埼玉の方々に山内惠介の名前を知ってもらえるようになった。
いまだに「惠ちゃんだよね。前に中継やってたよね」って言ってくださる方もいてうれしくなります。
■南こうせつさんの「腰が引けてる」のひと言
12年にラジオ番組を卒業し、NHKの仕事で旭川へ行った時のこともよく覚えています。仕事終わりに南こうせつさんから呼ばれ、「山内君、今日見てたんだけど、もうちょっと前に出た方がいいね。腰が引けてる感じがしたんだよね。ナンバーワンになろうと思って頑張ってごらん。そうすると、また違う結果が出るから」と言われたんです。
その言葉をいただいてから自分の姿勢が変わりました。それまでは出過ぎちゃいけないと思って人の顔をうかがっていたんですよね。謙虚なのは大事ですが、それが過ぎると目立たないまま終わってしまう。それでは歌い手としてもったいない。だったら、勇気を出してリミッターを外してみよう、出過ぎって言われるくらい前に出るようにしようと変えました。
やってみたら「ダメだよ。出過ぎだ!」って注意されちゃったりもしました。その時は「やっぱり僕は間違ってる」と悩んで。でも、風呂に入り一晩寝て考えたら「あれは褒め言葉かも」と思い直した。「出過ぎてたあの子、どうしてるんだろう」と何かが残った方がいいんじゃないかと。リミッターを外した経験があるからこそ、「今日はこのぐらい」とコントロールできますから。


















