あの山本浩二さんが「指導者になったら必ず生きる」と噛み締めた苦い経験
浩二さんは調子が悪くなると、アメリカンノックを受けたり、ポール間を走り、下半身をいじめていた。
だが、3、4試合が過ぎても、一向に古葉監督からお呼びがかからない。浩二さんから「何でだ?」と問い詰められた。その後復活し、この年は33本塁打を放った。
シーズン終了後、「あの時はウチに詰め寄って悪いことをした。いい勉強になった。この経験は指導者になったら必ず生きる」とかみしめていた。
89年に浩二さんが監督に就任すると、カープキャンプは地獄と化した。大下剛史ヘッドコーチと「チームの体質を変える」と最初のウオーミングアップだけで2時間。ポール間走、100メートル、50メートルといった短距離走をやって守備練習も1時間。昼食後は打撃練習といった具合で、スパルタの毎日だった。
現監督の佐々岡真司をはじめ、野村謙二郎、緒方孝市、金本知憲、江藤智、前田智徳、新井らが薫陶を受けた。パワーだけでなく、スピードを兼ね備えた選手を好み、1つ先の塁を狙う。カープ野球の礎を築いた人だ。


















