森保一監督が「ベテラン長友不要論」にムッとしたワケ…稀代の勝負師にして、強かな組織リーダーの素顔
「森保一」という男を単なる〝優等生で温厚な監督〟と思ったら大間違いだ。
森保監督との共著「『森保ノート』の真実。」をまとめるにあたり、監督が就任して以来の言葉、約300万字を振り返った。
メディアの前では常に言葉を選び、誰に対しても丁寧な態度を崩さない男だが、ときに、私の質問に対して明らかにムッとした表情を浮かべたことが2回ある。
そして、その「怒り」の裏にこそ、彼が稀代の勝負師であり、強かな組織のリーダーである所以が隠されていた。
1回目は2022年1月。カタールワールドカップを同年11~12月に控えたタイミングでのことだ。
当時の日本代表を取り巻く空気は、お世辞にも良いとは言えなかった。中でも強烈なバッシングの的になっていたのが、ベテランの長友佑都である。
SNSやネットメディアでは「年齢からくる衰えは隠せない」「なぜ若手を試さないのか」という長友不要論が吹き荒れていた。
そんな逆風の最中、私はストレートに質問した。
「なぜ、長友を招集するのか」と。
いつもの森保監督なら、ニコニコしながら一般論で煙に巻くかと思った。しかし、この時の彼は違った。
「いろんなデータを取っても、佑都は批判を受けるようなパフォーマンスではありません。彼のプレーは十分、いいパフォーマンスを発揮してくれているし、日本代表として戦えるだけのプレーを見せてくれています。どんな時もチームをポジティブな雰囲気にしてくれる、困難な状況の中でも前向きにやっていこうという雰囲気を出してもらえる」
言葉自体は丁寧だが、その口調にはピリッとした棘があり、目にはかすかに「毎日現場を見ているあなたなら分かっているはずなのに、なぜそんな世間に迎合するような愚問をぶつけるのか?」という非難の色が混じっていた。
次に他の記者が質問したときには穏やかに答えていたので、一層この監督の話し方は際立った。
そして後になって監督の「真意」に気付かされた。
口調にはピリッとした棘、目には非難の色
世間の批判の矢面に立たされている部下(選手)の前で、トップである自分がメディアに対して一歩も引かず、明確なデータとメンタル面の両面から絶対的な信頼を口にする。これが何を意味するか──。
森保監督が長友を名指しで徹底的に庇ったことで、それまで長友個人に向いていた批判の矛先は、「そこまでして長友を使う森保」という監督自身へと向かうようになったのだ。
一般社会のサラリーマン組織に置き換えてみてほしい。部下のミスや能力不足への風当たりが強い時、自らが泥をかぶり、「あいつは私が責任を持って使う」と言い切れる上司がどれだけいるだろうか。森保監督は、世間からの批判をあえて自分が吸い上げて自らを防波堤とするため、あの時メディアに対して〝意図的に強い態度〟に出たのだ。
見事な人心掌握術だったと言える。事実、あれだけバッシングを浴びていた長友はカタールワールドカップ本番でチームの精神的支柱となり、「ブラボー!」と叫んで日本中を熱狂させた。
そしてもうひとつ、森保監督の恐るべき点は、私に対してムッとした感情を見せたにも関わらず、その後の取材では何事もなかったかのように、元通りの柔らかい態度で接してきたことだ。
自分の感情をコントロールし、メディアを無用に萎縮させない。
この男の懐の広さと、底知れぬ計算高さ。
それこそ、私が「『森保ノート』の真実。」で最も伝えたかった「森保一の正体」のひとつである。(「中」につづく)
▽もり・まさふみ 佐賀県出身。久留米大学附設高から上智大。サッカーダイジェスト編集部を皮切りに多くのサッカー誌の編集に関わり、2009年の独立後も日本代表の国内外の活動に密着取材を続けている。決め細やかな取材と精緻な筆致に定評がある。日本蹴球合同会社代表。森保監督との共著「『森保ノート』の真実。」(幻冬舎)が話題を集めている。


















