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森雅史サッカージャーナリスト

佐賀県出身。久留米大付設高から上智大。サッカーダイジェスト編集部を皮切りに多くのサッカー雑誌の編集に携わり、2009年の独立後も国内外精力的に取材を続けている。「Football ZONE」「サッカー批評web」などに寄稿。FM佐賀で「木原慶吾と森雅史のフットボールニュース」。「J論プレミアム」「みんなのごはん」を連載中。「日本蹴球合同会社」代表。著者写真は本人提供。

井原正巳〈1〉無名すぎて「森・保一」か「森保・一」なのか…「モリポ?」から「ポイチ」が定着しました

公開日: 更新日:

井原正巳さん(元日本代表DF/58歳)

 ハンス・オフトが日本代表監督に就任した1992年。初めて招集メンバーのリストに目を通した時の戸惑いは、今でも鮮明に覚えています。

 そこに記された「森保一」という名前を、当時の主力選手のほとんどが知りませんでした。

 私自身、筑波大学時代から代表に名を連ねていましたが、マツダ(現・サンフレッチェ広島)に所属していた彼と公式戦で対戦した記憶は、不思議なほど抜け落ちていたのです。

 それは私だけでなく、主将の柱谷哲二さんたちにとっても同じでした。 あまりに無名だったため、まず直面したのは「名前をどう読むのか」という極めて初歩的な問題でした。

「森・保一」なのか、それとも「森保・一」なのか。森保を知っていた福田正博さんが、からかうように「モリポ?」などと呼び始めたことがきっかけで「ポイチ」という呼び名が定着しました。

 当時、代表のホテルの宿泊フロアに選手たちが集まれる「リラックスルーム」が設けられました。 今のように各自がスマートフォンやゲーム機を自室に持ち込み、個人で時間を潰すような時代ではありません。

 私たちはそこでビデオを見たり、卓球に興じたり、所属クラブや年齢の垣根を超えてコミュニケーションを取っていました。

 その中心には、いつも賑やかに喋り続ける福田さんがいて、そこに中山雅史が鋭い突っ込みを入れ、私が何かしらのテーマを投げかける。森保は絶妙なユーモアで笑いを取るポジションにいました。

 彼は代表で同室だった闘将・柱谷さんの厳しい視線から逃れるように、よくそのリラックスルームへ顔を出していました。あの部屋での他愛のない時間が、彼という人間を理解する貴重な場となりました。

 福田さんにいじられながらも、どこか楽しそうに、そして冷静に場を観察している。そんな彼の資質は、当時から芽生えていたのかもしれません。

 ピッチに立てば、森保はまさに「献身の塊」でした。私の目の前で中盤の広範囲をカバーしながら相手の攻撃の芽を摘み、泥くさいプレーでこぼれ球を何度も拾う。

 後に代表監督を務めたイビチャ・オシムさんが提唱した「水を運ぶ選手」の役割を彼は誰に教わることもなく、自ら体現していました。

 後ろで守備を統括する立場だった私からしてみれば、細かい指示を出す必要もなく、常に期待以上のポジショニングを取ってくれる彼は、これ以上にない「心強い盾」でした。

 ボランチ(守備的MF)というポジションは、常に前後からの要求に晒される過酷な場所です。 後ろからは闘将・柱谷さんの厳しい指示が飛び、前からは司令塔のラモス瑠偉さんが「俺にパスをよこせ!」と激しく要求してきます。

 並の選手であれば、その強烈な個性とプレッシャーに押し潰され、自分を見失ってしまったことでしょう。

 しかし、森保は違いました。

 彼はラモスさんに怒鳴られても、決してめげることはありませんでした。

 指示をパッと耳に入れて「はい、はい」と返事をしてもサラっと聞き流し、自分の役割に徹してオフト監督の掲げる「サイド攻撃」を忠実に遂行するために右に、左にとボールを散らしていく。

 中央から仕掛けたいラモスさんに「アイツ、つまんねぇ~!」と厳しく言われても、頑なに中央突破のパスを避ける強さがありました。

 この時に培われた「スルー力」こそが、今の彼の監督としての原点なのではないか、と感じることもあります。

 周囲の雑音に惑わされず、自分たちが勝つために必要なことだけを選択し、淡々と遂行する。その芯の強さは、当時から際立っていました。

 彼は引退すると指導者としての道を歩み、広島で3度のリーグ優勝という偉業を成し遂げました。 コーチとして育成年代、さらには代表のコーチまで、あらゆるカテゴリーで経験を積み、普及活動にまで携わったことが、彼の監督像をより強固にしたのでしょう。

どれほど叩かれようとも、「ワールドカップ優勝」を掲げ続ける

 いきなりトップに立ったわけではなく、下積みを経て自分なりの指導スタイルを確立していったのです。

 監督になれば、コーチ時代とは比べものにならないほどの決断を迫られます。情に流されそうな場面でも、最終的には辛い決断を下さなければならない。彼はそういった過程を経ながら、監督としての「悟り」のようなものを開いていったのではないでしょうか。

 彼は日本代表監督として、かつてないほどのプレッシャーの中にいます。批判を浴びることも日常茶飯事ですが、彼はそれを跳ね除けるのではなく、静かに受け流しながら、自らの信じる道をアップデートし続けています。 ワールドカップのカタール大会でドイツやスペインを破ったあの胆力は、現役時代の「スルー力」と何事にも動じないひたむきさが、昇華したものに他なりません。

 監督という仕事の過酷さは、私も身を持って知っています。責任のすべてを負い、孤独な決断を繰り返す日々。森保監督が8年という長きにわたってその地位を守り続けているのは、彼に強靭なメンタリティがあるからでしょう。

 海外メディアからどれほど叩かれようとも、「ワールドカップ優勝」を掲げ続ける。その言葉を選手たちに信じさせ、同じ方向を向かせる力は、彼がこれまでのキャリアで積み上げてきた圧倒的な経験と結果に裏打ちされたものです。

 私たちは共にドーハの悲劇を味わい、そこから這い上がってきました。あの絶望を知っているからこそ、彼は誰よりも勝利に対して貪欲であり、同時に一瞬の隙が命取りになることを痛いほど理解しています。

 彼が率いる今の代表が、私たちの世代が果たせなかった「ワールドカップでのさらなる高み」に到達することを、私は確信しています。

 それは、かつて名前も知られていなかった一人のサッカー青年が、誰よりも真摯にサッカーと向き合い続けた結果として、必然的に訪れる未来なのだと信じています。

 ポイチという愛称で皆に親しまれた彼が、今や日本サッカーの歴史を塗り替えようとしている。 その姿を横から見守れることを、一人の戦友として誇りに思います。(【2】につづく)

(聞き手=森雅史/日本蹴球合同会社、絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽井原正巳(いはら・まさみ) 1967年9月18日生まれ。滋賀・甲賀市出身。守山高から筑波大。2年次に日本代表初選出。卒業して日産自動車(現横浜M)に入社。磐田、浦和でもプレーした。02年シーズンを最後に引退した。88年1月のUAE戦で代表デビュー。98年W杯フランス大会3試合に主将としてフル出場した。柏コーチ、福岡監督などを歴任。25年には韓国Kリーグ・水原三星のコーチを務めた。

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