五木寛之 流されゆく日々
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連載11919回 猛暑と冷夏の間には <5>
(昨日のつづき) 当時のアルバイト学生には、社会保障とか仕事上の契約もなく、近所の歯科医で応急手当てをしただけの事故だった。 不都合が生じるたびに、適当に処理して、ちゃんとした治療を受けたのは…
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連載11918回 猛暑と冷夏の間には <4>
(昨日のつづき) ゴマカシ、ゴマカシやってきた歯の具合いが、ついにゴマカシきれなくなってきた。 私はもともと歯は丈夫なほうである。子供の頃から成人するまで、歯医者にいったことがなかった。 …
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連載11917回 猛暑と冷夏の間には <3>
(昨日のつづき) 猛烈な暑さと苛烈な寒さのどちらが苦手かといえば、私は寒さのほうがイヤだ。 私たちの世代は、暖房などが発達していない時代に子供だったから、寒さは本当に身にこたえた。 冬にな…
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連載11916回 猛暑と冷夏の間には <2>
(昨日のつづき) 自慢にもいろいろあるが、聞かされて迷惑なのが健康自慢というやつだ。 ほかに自慢することがないのかよ、と心中つぶやきながら相い槌を打つ。 私自身も気をつけていないと、つい体…
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連載11915回 猛暑と冷夏の間には <1>
記録的な猛暑が続いている。 しかし、暑いだけの問題ではない。寒がりの私にとっては、建物の中は常に冷夏だ。 タクシーに乗っても、カフェにはいっても、どこもかしこもエアコンがフル稼動中。 食…
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連載11914回 私が本を読む場所 <5>
(昨日のつづき) 「バイデン氏が降りましたね。これでマジトラということになったんでしょうか」 「いや、わかりません。ダブルヘイターの票がドッと新候補に流れるという見方もある。選挙はミズモノだからね…
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連載11913回 私が本を読む場所 <4>
(昨日のつづき) 私は、どこででも本を読むことができるが、必ずしも読書に適した場所というのがあるわけではない。 前にも書いたように小学生の頃は、登下校の時間にいちばん本が読めた。少し遠回りして…
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連載11912回 私が本を読む場所 <3>
(昨日のつづき) きょうは幻冬舎の見城徹氏と対談。 ふつう対談というのは、お互いに社交的なエールの交換から始まるものだが、そこは半世紀も前からの間柄とあって、挨拶ぬきの放談となった。 見城…
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連載11911回 私が本を読む場所 <2>
(昨日のつづき) 机にむかって本を読む、という習慣が私にはない。 食事をしながらも読むし、寝る前には必ずベッドの中でゴロゴロしながら本を読む。 乗りものの中でも読むし、人と待ち合わせの場合…
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連載11910回 私が本を読む場所 <1>
私は本を書くことを職業としている。 何かの書類に職業欄というのがあって、そこに記入しなければならない時には、著述業と書くことが多い。 作家、と書くのも気が引けるし、文筆家というと偉そうな感じ…
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連載11909回 『無意識の深き底には』<4>
(昨日のつづき) 私たちは平和を愛する。戦争を憎む。 しかし、本当にそうか。 ふと、そんな妄想が頭をよぎる。 もし本当にそうなら、どうしてテレビや、小説や、話芸や、舞台などであれほど戦…
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連載11908回 『無意識の深き底には』<3>
(昨日のつづき) 映画『ジャッカルの日』を観ながら、観客としての私は、狙撃される側よりも狙撃する側の主人公に同化している。 私たち昭和世代の子供時代、憧れのヒーローの一人は、希代の弓の名手、那…
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連載11907回 『無意識の深き底には』<2>
(昨日のつづき) トランプ氏狙撃のニュースを耳にしたとき、私はちょうど『極大射程』(上・下)を読んでいる最中だった。 『極大射程』は私がスティーヴン・ハンターと最初に出会った作品である。それまで…
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連載11906回 『無意識の深き底には』<1>
トランプ前大統領の狙撃事件のニュースに衝撃をうけた。あらためて、いまアメリカが置かれている状況について、考えてみなければならない。それはアメリカという国と国民の抱えているアンコンシャス・バイアスの問…
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連載11905回 昭和の歌に情あり <5>
(昨日のつづき) 昭和は、1926年から1989年までの70余年にわたる長い時代だった。 薄命だった大正天皇の在位期間にくらべると、敗戦をはさみながらも格段に長い。 しかも、戦前、戦中、戦…
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連載11904回 昭和の歌に情あり <4>
(昨日のつづき) 昭和前期、いわゆる戦前、戦中は、国歌、戦意昂揚歌、国民歌などの政府系の歌が幅をきかせた時代だったが、いわゆる巷の流行歌も海外進出イデオロギーの鼓吹に大きな役割りをはたした。 …
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連載11903回 昭和の歌に情あり <3>
(昨日のつづき) 平安時代、権勢を誇った後白河法皇は、当時の有名今様歌手を自邸に招いて歌を聴き、また今様の歌い方の教えを受けた。 今様というのは、読んで字の如く当時の巷の流行り唄である。 …
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連載11902回 昭和の歌に情あり <2>
(昨日のつづき) 前にも書いたが、作家の故・三浦哲郎さんがうたう『枯れすすき』は絶品だった。 泣くが如く、うたうが如く、嫋々と口ずさむその歌声には、文章では表現できない哀感がこもっていて、聴く…
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連載11901回 昭和の歌に情あり <1>
昭和戦前の旧制高校生は、エリートだった。 彼らのなかには、好んで弊衣破帽を旨とする連中がいた。 今でいう汚れファッションである。腰に手拭いをさげ、下駄をはいて闊歩した。 〽デカンショ デカ…
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連載11900回 令和の沖縄瞬間紀行 <5>
(昨日のつづき) 50年~60年代の基地反対闘争のことを、いま思いだすと、ふと暗い疑問が湧いてくる。 当時、全国に展開された基地反対闘争は、つまるところ、オラが街、オラが土地から基地を追いだそ…