梶原一騎×真樹日佐夫×大山倍達「伝説のベストセラー」を創った漢たち
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(12)猪木vsウィリー戦を真樹日佐夫は「出来レース!よくできた試合だったよ」と語った衝撃
「大山(倍達)先生とうちの兄ちゃんが不仲になった原因?」 梶原一騎の実弟で、真樹道場宗師、劇画原作者、作家、役者といくつもの顔を持つ真樹日佐夫が、私の質問に答えた。 極真空手創始者大山…
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(11)女教師から居残りを命じられ、誘っているのがわかった…強面の真樹日佐夫が明かした初体験
「あー……オレからしゃべるのか? そっちから聞いてもらわねえと、話しづらいぜ」 真樹日佐夫宗師、自分の童貞喪失を語るのを照れていた。 ならばと、遠慮なく初体験のときを尋ねてみた。 …
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(10)「オレはネリカン(練馬の少年鑑別所)には10回以上入ってるよ(笑)」
バブル後の秋田書店の新年会だったか、パーティー会場は人混みで賑わっていたが、真樹日佐夫のところだけはぽっかり空間ができていた。 きらびやかな女性を連れ、パンチパーマにサングラス、白いスーツに…
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(9)梶原一騎は劇画界だけではなく映画にまで進出した
大山倍達×梶原一騎の義兄弟伝説が瓦解した節目は1980年2月27日、蔵前国技館でおこなわれた異種格闘技戦、アントニオ猪木VSウィリー・ウィリアムス戦だった。ウィリーは極真史上最強の空手家と呼ばれた、…
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(8)「おい!余計な真似すんじゃねえ!」背後から梶原の声が響いた
大山倍達のインタビュー録音テープは、途中で池田草兵がタクシーから降りるときまで録音されていた。 文字起こしを担当した私のイヤホンに、タクシーから降りる池田草兵と見送る大山倍達の声が重なる。2…
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(7)池田草平は「初めて会った大山倍達総裁は、オレに対してはやさしかったよ」と証言した
手だれのルポライター池田草兵が「噂の真相」誌上で2カ月にわたり「極真スキャンダル」前後編を発表すると、それまで取材を受けなかった大山倍達は、対応すべきだと思い直したのか、インタビューを受け入れたのだ…
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(6)「噂の真相」に“極真スキャンダル”を書いた池田草兵の元にマス大山から電話がかかってきた
池田草兵事務所に無言電話がたびたびかかってきた。ルポライターを長年やっていると、抗議電話や無言電話は珍しいことではない。だが、今回はやけに多かった。 「噂の真相」1981年1月号、2月号と2カ…
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(5)梶原一騎は「極真の若いやつらが襲ってきたらドタマかち割ってやる」と特殊警棒を振り回した
1971年、梶原一騎は、力道山の好敵手でもあった空手家マス大山(大山倍達)をフューチャーした「空手バカ一代」(画・つのだじろう/影丸譲也)を少年マガジンに連載、大山倍達と極真空手の一大ブームを作り上…
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(4)力道山、大山倍達…梶原一騎には若いうちから“オヤジ殺し”の才能があった
梶原一騎は若いうちから力道山、大山倍達といった超大物の懐に飛び込む大物食いの才があった。 1952(昭和27)年若き大山倍達が渡米し、アメリカで空手のデモンストレーションをおこない、プロレス…
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(3)梶原一騎と大山倍達の義兄弟の関係にヒビ…一騎の実弟は「格闘家はヤマモチ妬きばかり」と
「おれは受けた恩は倍にして返す。受けた報いは100倍にして返すって、いつもいってるんだ」 梶原一騎が吠えた。 気鋭のルポライター池田草兵がスクープした「極真会館の大スキャンダル」という…
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(2)「噂の真相」が暴いた猪木vsウィリー戦の舞台裏 試合プロデュースは梶原一騎
応接ソファに身を任せた梶原一騎は、池田草兵と私を出迎えた。 「まあ、もとはといえばだ、『空手バカ一代』でおれがミミズを大蛇みたいに書いちまったのが間違いだったのかもなあ」 劇画界の首領…
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(1)1981年春、東京赤坂の豪勢なマンションでカリスマ本人を目の前にした
今年、生誕90年を迎えた大ヒットメーカーの漫画原作者・梶原一騎。その実弟で存在感を示した真樹日佐夫、そして「空手バカ一代」の主人公であり、極真空手を創設した大山倍達──3者は、作品を通じ、一言では言…
