子供の頃に夢見たスーパーカー「カウンタック」を泣く泣く断念した“お金じゃない”事情
現役を引退すれば、年俸はゼロになる。解説者などの仕事で収入はあるとはいえ、不安定な生活になる可能性は否めない。
にもかかわらず、俺は引退直後の2013年12月に黄色のランボルギーニ・アヴェンタドールのアニバーサリーを納車した。本体価格は約5600万円。ランボルギーニ創業50周年記念モデルで、世界に100台しかない限定車。日本には数台しか入荷しなかった。
こういう代物は1年以上前から予約して購入する。それがよりによって引退直後の納車になるとは……(苦笑)。
ちなみに、楽天を退団した11年オフにもアヴェンタドールを買った。オプション込みで約4300万円。当時は中日に拾ってもらったばかりで、年俸は2億5000万円から3000万円に激減。つや消しのマットブラック塗装まで施したこだわりの一台で、年俸より高い買い物になった。正直、テンションは上がらなかったなあ。
二軍のナゴヤ球場に乗りつけると、報道陣は爆音に唖然。「去年の給料で買ったんだ。今年の給料じゃ3分の2しか買えないよ」とジョークを交えて説明に追われたものだ。
俺の車好きの原点はミニカーだ。俺はとにかく保育園が大嫌いで、脱走の常習犯。毎日、母に「早く迎えに来て」と頼んでいた。母は当時、仕事をしていたが、早く迎えに来てくれることも多く、すごくうれしかったのを今でも覚えている。
保育園からの帰り、一緒にスーパーの買い物について行くと、店舗の中にあったおもちゃ屋でいつもトミカを1個買ってくれた。兄も車が大好きで、お古のトミカやプラモデルを譲ってもらって一緒に遊んでいた。新品のトミカを買ってくれたのがめちゃくちゃうれしかった。
その後、スーパーカーブームが到来。小学生のとき、近所のジャスコの屋上駐車場で「スーパーカーショー」が開かれると聞いて駆けつけた。当時、カメラを首から下げて街中を徘徊しながらスーパーカーを探し回る「スーパーカー小僧」がいた時代。なかなかお目にかかれない代物が100台以上も大集結するとあって、目を輝かせて足を運んだ。
そこでは1000円払うと好きなスーパーカーに乗せてもらい、場内を一周できる。俺は赤のランボルギーニ・カウンタックのLP400の助手席に座り、衝撃を受けた。「大きくなったら絶対にこれに乗る!」と決意した。
プロになり、1996年に本塁打王を獲得。オフにボーナス込みで年俸1億2000万円でサインした。憧れのカウンタックを購入しようと名古屋の車屋さんへ直行。白のカウンタックを見つけ、
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