五木寛之 流されゆく日々
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連載9880回 金は天下の回りものか <4>
(昨日のつづき) 「金に怨みは数々ござる」 とは、古い芝居の中でよく聞いたセリフだった。金のために身を売る娘たちが、つい先ごろまでこの国にいたのである。いまでも金にからむ犯罪は多い。しかし疑獄事…
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連載9879回 金は天下の回りものか <3>
(昨日のつづき) 「バブルの時代を体験したイツキさんたちの世代がうらやましいです」 などという言葉を聞くことがしばしばある。 「さぞかし華やかだったんでしょうね」 と、うっとり夢見るような…
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連載9878回 金は天下の回りものか <2>
(昨日のつづき) 景気がよくなれば大企業がもうかる。大企業がもうかれば株主や役員はもうかる。しかし株を沢山持っているのは、国民の数パーセントぐらいの富裕層だ。その富裕層がうるおえば、おのずとしたた…
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連載9877回 金は天下の回りものか <1>
昔、よく耳にしたことわざに、 〈金は天下の回りもの〉 というのがあった。かつて日銭かせぎの労働者などが、その日の賃金をぜんぶ呑んでしまう。仲間が気づかって、 「おい、おめえ、そんなに金を使っ…
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連載9876回 記憶のフィルムを廻して <5>
(昨日のつづき) 電子書籍が大話題になったのは、何年ぐらい前のことだろうか。 これで活字文化は終るとか、いずれ出版社や本屋さんがなくなるとか、大騒ぎだった。あたかも黒船襲来の時のような騒がれか…
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連載9875回 記憶のフィルムを廻して <4>
(昨日のつづき) 何度も書くので気が引けるが、短期記憶が曖昧なのに長期記憶が鮮明なのは、どういうわけだろう。 きのうの事が、なかなか思い出せないかわりに、50年前の記憶が鮮やかによみがえってく…
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連載9874回 記憶のフィルムを廻して <3>
(昨日のつづき) 昨日は午後、朝日新聞社の催しで講演をやり、終了後に講談社の吉川英治文学賞の選考会に出た。選考終了後に、北方謙三さんから日本刀の話をきいた。途中から話にくわわられた平岩弓枝さんが、…
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連載9873回 記憶のフィルムを廻して<2>
(昨日のつづき) 小学生の頃に愛読したマンガは、『のらくろ』と、『冒険ダン吉』である。正確なタイトルは憶えていないけれども、両方とも仲間の誰もが夢中になっていた。 ほかに佐々木邦のユーモア小説…
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連載9872回 記憶のフィルムを廻して <1>
小学生のころ、(といっても途中で国民学校と名前が変るのだが)、武侠小説と呼ばれるジャンルの少年読物を愛読していた。 その代表的な作家が、山中峯太郎である。80歳以上のかたがたには、懐しい名前では…
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連載9871回 人は死後どこへいくか <5>
(昨日のつづき) 死という問題を真剣に考えるようになるのは、人生の後半、それも野球でいうなら八回、九回のあたりだろう。 自分自身が試合のクローザーにならなければならないのである。こればかりは他…
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連載9870回 人は死後どこへ行くのか <4>
(昨日のつづき) 私はこれまでに何度か死を意識したことがある。 中学1年のころ、少年兵に志願しようかと考えた。少年戦車兵とか、予科練とか、いろいろあった。幼年学校へは、中学1年生からでも行けた…
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連載9869回 人は死後どこへいくか <3>
(昨日のつづき) 昔、天国を茶化した歌があった。 〽オラは死んぢまっただ ではじまる酔っぱらいの歌である。 〽天国よいとこ 一度はおいで 酒はうまいし ネエちゃんはきれいだ とか、…
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連載9868回 人は死後どこへいくか <2>
(昨日のつづき) 死を意識した人間は、変る。死の淵をのぞいた者は、その深淵からのぞき返される。有名なニイチェの言葉を、高橋三千綱の新刊『ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病』(幻冬舎刊)を読んで痛切に…
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連載9867回 人は死後どこへいくか <1>
小学生が事件にまきこまれて亡くなったり、自殺したりすることがある。すると学校で追悼の集会があり、校長先生が沈鬱な表情でスピーチをするのが例である。そこでは、 「天国にいったダレダレ君は──」 …
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連載9866回 痛みとどうつき合うか <5>
(昨日のつづき) さて、私自身の左脚の痛みだが、このところ一向に軽減しそうにない。 寒い日には、ことに痛む。普通の歩幅で歩くこともままならず、そろそろと動いている。 自分でも不思議でしかた…
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連載9865回 痛みとどうつき合うか <4>
(昨日のつづき) 生きる苦しみ、などと言う。 たしかに世の中に生きていくことは、苦しい。人はみな苦労を抱えながら生きている。 しかし、「生病老死」の苦の本質は、痛みという現象につきるような…
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連載9864回 痛みとどうつき合うか <3>
(昨日のつづき) 人は健康を望む。病いをおそれる。 それはなぜか。 他人のことは判らないが、私に関していえば、ひとえに痛みがイヤだからである。要するに病気よりも、苦痛が問題なのだ。 も…
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連載9863回 痛みとどうつき合うか <2>
(昨日のつづき) 日本人男性の平均寿命は、全国平均で79.59歳であるという。まあ、80歳前後といったところか。 かなり元気な人でも、70歳をすぎたあたりから、いろんな所にガタがでてくる。それ…
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連載9862回 痛みとどうつき合うか <1>
左下肢の痛みで、この3年間ずっと悩んでいる。下肢といっても、膝ではない。 年をとると、かなり多くの人が膝の痛みを体験するらしい。長年の酷使で、半月板がすりへったり、関節軟骨に異状がでてきたりする…
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連載9861回 喫茶店とカフェの間には <4>
(前回のつづき) 野坂昭如のうたった『黒の舟唄』は、 〽男と女の間には 深くて暗い河がある とはじまる。喫茶店とカフェの間にも、深くて暗い河があるような気がしてならない。 「古い時代は良…