五木寛之 流されゆく日々
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連載12441回 私の独断的養生論 <4>
(昨日のつづき) 近代の歴史は、つねに半島に起因する、というのは、私のひそかな思いこみである。 バルカン半島、インドシナ半島、イベリア半島、そして朝鮮半島。 半島は本島の附属地ではない。戦…
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連載12440回 私の独断的養生論 <3>
(昨日のつづき) 健康記事の流行はあいかわらずだ。 月刊誌、週刊誌をとわず、テレビでも連日、健康記事が氾濫している。 まともな健康記事には、エビデンスが必要だ。証拠がきちんとしていなければ…
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連載12439回 私の独断的養生論 <2>
(昨日のつづき) <継続は力なり> という有名な格言がある。誰もが一度や二度、お目にかかった文句だろう。 私も、その通りだと思う。 しかし、実際に「これはいい」と思っても、なかなか継続す…
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連載12438回 私の独断的養生論 <1>
今週中に94歳になる。 ずいぶん長く生きたものだ。 しかし、自分が長く生きた実感がないのは、どういうことだろう。 世界には、いろんな大国がある。軍事大国もあれば、経済大国もある。わが国は…
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連載12437回 新しい楢山の夢 <2>
(昨日のつづき) 昭和初期生まれのスーパー老人が、数人、集って喫茶店で雑談した。 80歳以上の知り合いばかりで、90代は私のほかに一人いるだけだ。 「オレの老後の計画はだな」 と、90を…
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連載12436回 新しい楢山の夢 <1>
あと数日で94歳になる。 「おめでとう」 と言われても「いや、いや、お恥かしい」などと手を振るくらいで、めでたい、という実感はない。昔は、 「いたずらに馬齢を重ねて」と応じたものだった。 …
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連載12435回 90代、未知との遭遇 <5>
(昨日のつづき) 歳をとると、明日のことではなく、過去のことを考えるものらしい。 何十年も昔の羽仁五郎さんのことをながながと書いたのも、当時のことが昨日のことのように思い出されるからだ。 …
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連載12434回 90代、未知との遭遇 <4>
(昨日のつづき) 羽仁五郎さんとの対談には<続篇>がある。 口舌の大立ち回りを終えて、私が憮然として帰ろうとしたら、羽仁さんから声がかかった。 「イツキ君、この後、時間あるかね」 「ええ。…
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連載12433回 90代、未知との遭遇 <3>
(昨日のつづき) むかし、まだ駆けだしの新人作家の頃、「週刊現代」で対談をした。 50年くらい昔のことだと思うが、週刊誌の全盛時代だ。 お相手が羽仁五郎さん。 明治生まれの歴史学者で、…
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連載12432回 90代、未知との遭遇 <2>
(昨日のつづき) 「オレはボケてなんかいない」 と、強弁する人は、すでにボケはじめている人だ。 ボケているからこそ、自分がボケていることに気付かないのである。 頭脳がおとろえるのは、当然…
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連載12431回 90代、未知との遭遇 <1>
私は今月末には94歳になる。 誕生日は昭和7年9月30日。 奇しくも故・石原慎太郎さんと、生年月日が同じだ。 同年同日生まれということで文藝春秋誌上で対談をしたことがあるが、話がはずんで…
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連載12430回 戦時昭和用語辞典 <5>
(昨日のつづき) 教練。 国民学校(小学校)も上級になると<教練>の時間があった。 退役だか現役だか知らないが、ともかく年配の将校らしき軍人が指導教官としてやってくる。 その軍人の指揮…
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連載12429回 戦時昭和用語辞典 ─戦闘帽と巻脚絆─ <4>
(昨日のつづき) 戦時中は英語は敬遠された。 とはいうものの、外国語は結構たくさん使われている。 エンジン、プロペラ、キャタピラー、など機械用語が多い。プロペラなど、日本語に変えたら一体、…
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連載12428回 戦時昭和用語辞典 ─防空頭巾と防空壕─ <3>
(昨日のつづき) 戦中昭和の用語といえば、まず防空頭巾と防空壕だろう。 私が小学校に入学した昭和10年代初期までは、1年生は学帽をかぶり、ランドセルを背負っていた。 頭は、いわゆる「坊ちゃ…
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連載12427回 戦時昭和用語辞典 <2>
(昨日のつづき) 前回、書いた『轟沈』という言葉だが、太平洋戦争の始まった頃は、まだ使われていなかった。 敵艦を沈めれば「撃沈」が普通である。平出海軍報道部長のラジオ報告で、誇らしげに「巡洋艦…
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連載12426回 戦時昭和用語辞典 <1>
「昭和」といえば、必ず「昭和歌謡」という言葉が返ってくる。 昭和を歌謡曲だけで代弁させるのは、なんとなく違和感があるのは、私が「昭和の人」だからだろう。 たしかに昭和は歌謡曲の時代であった。し…
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連載12425回 戦後昭和の真実 <5>
(昨日のつづき) トラックから降ろされ、徒歩で北緯38度線を越えて韓国側にたどりつけたのは、幸運としか言いようがない。途中で脱落した人もいたし、どこへ消えたか行方がわからない人もいた。 かろう…
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連載12424回 戦後昭和の真実 <4>
(昨日のつづき) その新聞の一枚の写真に引きずられて、記事を読んだ。 なるほど、と、あらためて深く納得するところがあった。 私たちのように、外地で敗戦を迎えた人間には、実感としてわからない…
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連載12423回 戦後昭和の真実 <3>
(昨日のつづき) 当時、平壌市内の各所に、いわゆる闇市はあった。現地の言葉で「闇市」を何といったのか憶えていない。 大きな闇市は、闇市ではない。街の片隅にゴザをしいたり、木の台を置いたりして、…
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連載12422回 戦後昭和の真実 <2>
(昨日のつづき) 敗戦後、北朝鮮に残された日本人は、引揚者ではない。正しくは<棄民>というべきだろう。祖国から見捨てられた民である。 当時、北朝鮮内の日本人の私的な移動は厳しく禁止されていた。…
