五木寛之 流されゆく日々
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連載12260回 昭和の「モノ書き」たち <5>
(昨日のつづき) サンデー毎日の今週号に、『今年、旅立った人々』という記事がでていた。 外国人をのぞく日本人は15人が挙げられていたが、生前、私が個人的に存じあげていたかたが、6人おらえた。 …
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連載12259回 昭和の「モノ書き」たち <4>
(昨日のつづき) 今は挿画というが、昭和の頃は<挿し絵>だった。 有名な画家たちも、<サシエ画家>と呼ばれていた。<挿画家>と呼ばれる画家たちの世界にも、大家と駆け出しの新人がいた。 往年…
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連載12258回 昭和の「モノ書き」たち <3>
(昨日のつづき) 昭和30年から40年代にかけて、中間小説誌の全盛期といっていい時代があった。 老舗の『オール読物』『小説新潮』などを中心に、『小説現代』など新興の小説誌が勢ぞろいして競いあっ…
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連載12257回 昭和の「モノ書き」たち <2>
(昨日のつづき) 私が新人賞をもらってデビューをはたしたのは、昭和41年である。翌年に直木賞を受けて駆け出しのプロ作家となった。 当時、ノベルス的小説世界で暴れ回っていたのが、<もの書き>出身…
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連載12256回 昭和の「モノ書き」たち<1>
いよいよ令和7年も暮れる。 師走の街にはメッチャ車が走り回っている。タクシーも稼ぎどきと見えて、なかなか空車がつかまらない。 物書き稼業も大忙しだ。連載の締め切りも前倒しだし、年頭の感想など…
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連載12255回 師走に思う人びと <5>
(昨日のつづき) <恩師>という言葉は、手垢がつきすぎていて、使うのが気になるところがある。 それでも、私にとって、あえて<恩師>という言い方をすれば、横田瑞穂先生以外にはいないだろう。仕事の上…
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連載12254回 師走に思う人びと <4>
(昨日のつづき) かなり前に世を去った作家だが、なぜか歳末になると森敦さんのことを思い出す。 森さんは長い雌伏のすえ、名作『月山』で文壇に再登場したベテラン作家である。 酸いも甘いも噛みわ…
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連載12253回 師走に思う人びと <3>
(昨日のつづき) 今年、鎌田東二さんが亡くなったときはショックを受けた。踏んでも蹴ってもクタバラないような不死身の人、というイメージがあったからだ。 鎌田さんと知り合ったのが、どんな時期で、ど…
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連載12252回 師走に思う人びと <2>
(昨日のつづき) 友人、というのは、少くとも30年以上つきあってきた友達のことを言うのではないだろうか。 友人の多いことを自慢する人もいるが、それは一種の社交ではないかと思う。 私の仕事仲…
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連載12251回 師走に思う人びと <1>
年明け早々に出す新刊の原稿が、まだ、あがっていない。この数日が勝負というわけで、ひさしぶりに徹夜の仕事が続く。 そうでなくても、年末はあわただしい時期である。連載をこなしながら、いろんな原稿を書…
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連載12250回 再び「歩く」ことについて <6>
(昨日のつづき) 「人間は考える葦である」 と、いう。 「葦」であるから恰好いいのであって、これが「考えるセイタカアワダチソウ」だったりしたら、千古の名言とはならなかっただろう。 とりあえ…
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連載12249回 再び「歩く」ことについて <5>
(昨日のつづき) むかし中国のいろんな寺を訪れたことがある。社会主義体制下でも、仏教は根強く生きているのだ。 中国の禅発祥の寺といわれる古寺を訪れたときに、不思議な光景を目にした。 寺の門…
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連載12248回 再び「歩く」ことについて <4>
(前回のつづき) 夜中の地震にすっかり気が動転してしまって、連載を1回とばしてしまった。(つづき)になっている話をつづけよう。 「食事」と「睡眠」と「運動」。 この3つが健康を維持する主要な…
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連載12247回 揺れる列島、ふたたび
夜、原稿を書いていたら、窓がギシギシ音をたてはじめた。 時間は11時30分すぎ。 すぐにテレビをつける。北海道、東北地方に津波警報が出ている。 マグニチュード7.6あまりのようだ。 …
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連載12246回 再び「歩く」ことについて <3>
(前回のつづき) 身体のコンディションを整える基の3つは、食事、睡眠、運動であるとは、天下の常識である。 そして、それぞれの部門に関して、百人百様の意見がある。 私も最初のころは、かなり独…
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連載12245回 再び「歩く」ことについて <2>
(昨日のつづき) 以前『週刊新潮』に、歩くことについての雑文を書いたことがある。 そのとき、読者のかたから丁重なお手紙をいただいた。 私が「親指を意識して歩くこと」を重視している、と書いた…
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連載12244回 再び「歩く」ことについて <1>
この数年間、ずっと杖をついて歩いてきた。左膝が痛くて、自由に歩けないのである。 戦後、はじめて病院で診てもらった。いろいろ検査をして、 「変型性膝関節炎ですね」 と、いうことになった。 「…
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連載12243回 再び初冬の金沢へ <11>
(昨日のつづき) 地元の<テレビ金沢>という局とは長いつきあいで、もう何十年も続いている番組もある。短い番組で、<新金沢百景>というやつだ。音録りは東京でやるのだが、時には金沢の局で録音することも…
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連載12242回 再び初冬の金沢へ <10>
(昨日のつづき) 金沢では花街のことを「くるわ」と言う。これを遊郭と誤解する人も少くないが、クルワは遊郭ではない。笛、三味線、太鼓、舞踊など、それぞれの芸の修業も積んで、一人前の芸妓としてお座敷を…
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連載12241回 再び初冬の金沢へ <9>
(前回のつづき) 嵐山光三郎さんが亡くなられた。 毎年、欠かさず出席されていた鏡花賞の選考会に、去年、今年と続けて欠席されたので、ずっと気になっていたのである。 嵐山さんとはじめて会ったの…
