五木寛之 流されゆく日々
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連載12128回 後悔さきに立たず <1>
人はある年齢に達すると、自分のルーツに対して急に関心を抱くようになるものらしい。 作家でも有名な先輩がたが、急に先祖の話を書きだしたりして、けげんに思ったりすることがあった。 私は昔からデラ…
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連載12127回 アヒルの養生論 <10>
(昨日のつづき) ヒトの体というのは面白い。 歳とともに衰えていくものだが、また扱いようによっては意外な反応を示すものである。 私はこれといった趣味をもたないが、自分の体には興味がある。 …
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連載12126回 アヒルの養生論 <9>
(昨日のつづき) 昔はカメラのピント合わせは、いちいち手でやっていた。今はなんでも自動の時代だ。その便利さに驚く。 しかし、人間の眼は、何万年も前から自動焦点である。その機能の精密さは呆れるほ…
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連載12125回 アヒルの養生論 <8>
(昨日のつづき) ヒトの情報集配活動のうち、特に大事なのは視覚である。 幸運にもあたえられた視力は、できるだけ大事にしなければならない。 視力のなかでも、眼球のレンズ機能はじつに驚くべきも…
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連載12124回 アヒルの養生論 <7>
(昨日のつづき) 眼球の焦点トレーニングにしても、その他の養生法にしても、やることは子供の遊びのようなものだ。単純で幼稚な遊びである。セオリーもエビデンスもない。 ただ面白いからやる。しかし、…
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連載12123回 アヒルの養生論 <6>
(先週のつづき) 眼球の焦点合わせのメカニズムなど、私にはわからない。 だが、それが凄い能力であることは感じられる。一瞬、視界を変えた瞬間に目に映るものに焦点がピタッと合うのだから。 その…
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連載12122回 アヒルの養生論 <5>
(昨日のつづき) ふだんやっている実感としては、上下の瞼を素早く閉じたり開いたりしている感覚だが、実際には、下の瞼はそれほど動かない。上の瞼をシャッターをおろすように上下させている感じである。 …
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連載12121回 アヒルの養生論 <4>
(昨日のつづき) まず<目>。 人は情報をさまざまな器官によって取り込む。視力はそのうち最も大事なものの一つだ。 ことに私たち書くことを職業としている人間にとって、読むこと、視ること、そし…
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連載12120回 アヒルの養生論 <3>
(昨日のつづき) <アヒルの養生論>とは何か。 それは目立たない養生のことである。アヒルが水の上をゆっくりと動いていく。一見、スムーズに、気楽に動いているようだが、実は水面下で水カキのついた両脚…
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連載12119回 アヒルの養生論 <2>
(昨日のつづき) 私は昭和7年に生まれた。1932年の9月30日である。 奇しくも故・石原慎太郎さんと生年月日が一緒だ。仕事も、考え方も違うが、同年同日の生まれとあって、気になる存在だった。 …
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連載12118回 アヒルの養生論 <1>
70歳の壁とか80の壁とか言っているが、その辺の壁は大したことはない。 本当に大変なのは、90歳をこえたところにそびえている巨大な壁である。 あれこれ声高に論じておられる先生がたも、まだ実際…
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連載12117回 玉石混淆の世の中 <5>
(昨日のつづき) きょうは月刊誌『致知』の対談。 対談のお相手は、旧知の帯津良一さんである。 世間では医師や弁護士に対しては「センセイ」と呼ぶのが習慣だが、私は基本的に対談の場では「さん」…
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連載12116回 玉石混淆の世の中 <4>
(昨日のつづき) なんとなく気持ちがシーンとする時があるものだ。 「憂」という感じでもあるし、「鬱」という気配もあるし、いずれにせよ気持ちがダウンしている状態である。 これに対して、気分は沈…
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連載12115回 玉石混淆の世の中 <3>
(昨日のつづき) 90歳を過ぎるまで病院というものには、ほとんど縁がなかった素人だけに、先日、ある大病院を訪れてカルチュアショックを受けた話の続きである。 病院というところは、医師と患者とが膝…
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連載12114回 玉石混淆の世の中 <2>
(昨日のつづき) 『病院の選びかた』だの、『名医との出会い』などという記事が雑誌などにはよく出ている。 患者と納得のいくまで話しあって、病いを克服する感動的ストーリーが多い。 なるほど治療と…
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連載12113回 玉石混淆の世の中 <1>
<玉石混淆>という言葉がある。 私はながい間、<玉石混合>だと思いこんでいた。これで作家とは、お恥ずかしい極みである。 これも例によって中国渡来の表現らしい。 <真偽顚倒 玉石混淆>という言…
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連載12112回 多病息災の思想 <5>
(昨日のつづき) きょうは御茶ノ水駅の近くの高台にある大学病院にいった。 病院は死ぬほど嫌いなのだが、仕方がない。 毎回、驚くのはその混雑ぶりである。呆れるほどの人混みだ。 世の中には…
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連載12111回 多病息災の思想 <4>
(昨日のつづき) <噛めば噛むほど味がでる>というのは本当か。 ためしに今朝、朝食についてでた塩ジャケをひときれ、口に運んで噛んでみた。50回噛んでドロドロになったところを、さらに噛む。 1…
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連載12110回 多病息災の思想 <3>
(昨日のつづき) <噛む> <寝る> <動く> 私が心がけている3つのことだ。ほかにもいろんな細かい事はあるのだが、基本はこの3点だと決めている。 人は食べなければ生きていけない。しかも…
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連載12109回 多病息災の思想 <2>
(昨日のつづき) <健康記事もクスリの一つ> と、いうのはイイですね、と、共感してくれる読者がいた。ちゃんと読んでくれている読者もいるんだ。ありがたい事である。心して原稿を書かなければ。 <多…