五木寛之 流されゆく日々
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連載12365回 本の題名を考える <3>
(昨日のつづき) 共通の世界を描いているからといって、題名が似ているということもない。 かつてのレコード界を描いた中篇に『艶歌』というのがある。革新の波に洗われるレコード会社で、古い歌謡曲を作…
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連載12364回 本の題名を考える <2>
(昨日のつづき) 新人時代を過ぎて、すこし落ちついた頃書いたものには、ごく普通の長さの題名が多い。 やはり気負い込んでいた若さが、少しおとろえた気配が感じられるのである。 それでも『晴れた…
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連載12363回 本の題名を考える <1>
最近、長い題名の本が目立つようになった。三宅香帆さんの『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』にびっくりしたら、今朝の新聞に林真理子さんのとびきり長い新刊の広告がのっていた。これは凄い。 <8…
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連載12362回 わが生涯の悔恨 <5>
(昨日のつづき) ものごころついた時、私は韓国の地方の町にいた。いや、町というより村といったほうがいいかもしれない。 それが何という村か、どのあたりの地方であるか、今の私にその記憶はない。 …
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連載12361回 わが生涯の悔恨 <4>
(昨日のつづき) 肥後熊本と境を接する八女郡の飛形山山麗の集落が父の故郷だった。 辺春村、下辺春という村である。 <辺春>の<春>は、<原>だろう。平野部のはずれ、辺境のあたりを<原>という…
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連載12360回 わが生涯の悔恨 <3>
(昨日のつづき) 父親は農家の出身で、長男ではなかったから家を出なければならない。分家するほどの家柄ではなかったのだろう。長子相続の家を出るには、町で仕事をみつけるか、何か独立してやれる職業につく…
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連載12359回 わが生涯の悔恨 <2>
(昨日のつづき) 私は自分の生い立ちを知らない。 生年月日はわかる。昭和7年9月30日だ。奇しくも故・石原慎太郎氏と、年、月、日まで同じである。 しかし、わかっているのはそれだけで、実際に…
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連載12358回 わが生涯の悔恨 <1>
この齢になって後悔してもはじまらないが、いまさらのように残念に思うことが多々ある。 その中でも、最近しきりに口惜しく思うのは、両親にもっと話を聞いておけばよかったということだ。 人はものごこ…
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連載12357回 神隠しと失せもの <5>
(昨日のつづき) かつて『山窩』と、差別的に呼ばれた人々が、この列島にはいた。非定住形の一族である。広辞苑には、『(多くサンカと書く)村里に定住せずに山中や河原などで家族単位で野営しながら漂泊の生…
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連載12356回 神隠しと失せもの <4>
(昨日のつづき) 神隠しの異変は、いまだに解けない。 サムライの刀にも似た筆記用具である万年筆が、まだ、みつからないのである。 老眼鏡のほうは、どこからか突然、現れた。電話の横に、いかにも…
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連載12355回 神隠しと失せもの <3>
(昨日のつづき) いつも原稿を書くのに使っている万年筆がない。机の上はもちろん、部屋中さがしまわるがみつからないのである。 昨夜、寝る前まで書いていた万年筆だ。せまい部屋のどこに隠れ場があると…
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連載12354回 神隠しと失せもの <2>
(昨日のつづき) きょう5月25日は、けっこうあわただしい一日だった。 午後、2時30分迎えのタクシーでNHK放送センターへ。4階のスタジオで2週分を録音。聴き手、兼プロデューサーの渡辺さんと…
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連載12353回 神隠しと失せもの <1>
きょうは終日、どこかへ消えてしまったモノ探しで、一日が終った。 日常、いつも使っている道具が、どこかへ消えてしまう。失くなったわけではない。 どこかに隠れてしまっているのだ。 たとえば老…
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連載12352回 座右の書は新聞コラム <5>
(昨日のつづき) 短い文章ほど書くのがむずかしいものだ。新聞のコラムともなれば、おのずとテーマは大きく入れものは小さくなる。 大きな内容を小さな器におさめて、さらに起承転結をつける苦労はさぞかし、…
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連載12351回 座右の書は新聞コラム <4>
(昨日のつづき) 全国各紙のコラム展望の続き。 末尾に<抄>という字がついたタイトルがいくつかある。 下野新聞の<雷鳴抄>はゴロゴロと鳴り響く音がきこえそうだ。 埼玉新聞は<さきたま抄…
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連載12350回 座右の書は新聞コラム <3>
(昨日のつづき) <天声人語>といえば、朝日新聞、と誰もが知っている。<河北春秋>といえば、「河北新報だな」と連想がはたらく。茨城新聞もそうだ。<いばらき春秋>である。新聞社の社名がはいっているコラ…
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連載12349回 座右の書は新聞コラム <2>
(昨日のつづき) 以前、『親鸞』という新聞小説を連載したことがあった。小説の出来はともかく、思いがけず沢山の読者からの反響があった。 それは、日本全国、というのはちょっとおおげさだが、掲載紙の…
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連載12348回 座右の書は新聞コラム <1>
「愛読書は?」 とか、 「座右の書をあげてください」 などと言われると困ってしまう。 私は若い頃から、しょっちゅう旅をしてきた。90歳を過ぎた最近でも、月に2、3回はどこかへ出かけている…
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連載12347回 体と遊ぶ面白さ <5>
(昨日のつづき) 世の中には2つのタイプの人がいる。 ひとつは一旦きめたことは、なにがなんでもやり通すことができるタイプである。もう一つは、最初これは役に立ちそうだと始めながら、すぐに飽きてし…
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連載12346回 体と遊ぶ面白さ <4>
(昨日のつづき) 体について書くつもりが、昭和論に脱線してしまった。元の体の話にもどす。 私は小学生の頃、剣道をやっていた。 夏休みのときなど、休みを返上して稽古にはげんだものである。 …
