五木寛之 流されゆく日々
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連載12461回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <14>
(昨日のつづき) 横浜に移転したときは、ほっとしたというのが正直な感想だ。 金沢では多少なりとも街の人々の目を意識せざるをえない所があったのだ。 仕事が忙しくなってくると、広告や雑誌のグラ…
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連載12460回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <13>
(昨日のつづき) そんなふうに、1960年代は地方在住作家として北陸/東京の往復生活を送っていたのだが、行き来は鉄道が多かった。 金沢から小松空港までのタクシー代も馬鹿にならなかったし、なによ…
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連載12459回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <12>
(昨日のつづき) それが幸か不幸かわからないが、私の新人時代(1960年代からの数十年)は、いわゆる中間小説雑誌の全盛時代だった。『講談倶楽部』など、歴史のある大手の読物誌が背景にしりぞき、『小説…
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連載12458回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <11>
(昨日のつづき) 金沢で受賞して以来、どうしても上京せざるをえない仕事が次第にふえてきた。 「対談」とか、 「グラビアの撮影」とか、 その他、もろもろの行事もある。 上京するのには列車…
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連載12457回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <10>
(昨日のつづき) 執筆生活が軌道にのると、それまでの刑務所裏のアパートから、すこしましな借家へ引越した。 一軒家だと犬が飼える。 私はずっと犬と一緒に暮したかった。購入したのは中型犬で、名…
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連載12456回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <9>
(昨日のつづき) 私がまだ直木賞を受ける前、新人賞でようやく作家としての第一歩を踏みだした頃に、金沢の自宅を訪ねてきた新聞記者がいた。たしか大阪のほうの新聞社か通信社の記者だったと思う。 のち…
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連載12455回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <8>
(昨日のつづき) いま書いているのは、1960年代なかば頃の金沢の話である。 私が直木賞を受けた後、しばらく金沢に住んでいた時代の金沢は、いまとは相当にちがう。半世紀の歳月というものは、古都金…
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連載12454回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <7>
(昨日のつづき) 金沢での私の作家生活のスケッチを、当時、TBSをおん出た萩元晴彦氏ら若手のテレビマンが、取材をしたいと言ってきた。 テレビマンユニオンの人脈を生かして、当時、注目を集めていた…
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連載12453回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <6>
(昨日のつづき) 私の小説集の第1作は『さらばモスクワ愚連隊』である。 1970年の1月に出た。 ロシア文字をあしらった表紙は、当時としてはかなり新しい感じのレイアウトだったと思う。 …
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連載12452回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <5>
(前回のつづき) 直木賞を受けたあと、しばらくは金沢に住んだまま文芸ジャーナリズムの仕事をこなしていたのだが、やがて物理的に無理になってきた。 年に何本かポツリポツリと書く良心的なタイプの作家…
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連載12451回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <4>
(昨日のつづき) 当時は携帯というものも普及していなかった。 風呂もついていないアパートだったので、少し離れた銭湯にいく。 たしか<亀の湯>といったと思う。地元の人たちは<ガメユ>とか言っ…
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連載12450回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <3>
(昨日のつづき) 1960年代に作家生活をスタートさせた当時は、まだ金沢に住んでいた。 風呂も電話もない東山荘というアパートである。道路をへだてた真ん前に巨大な塀が延々と続いている。 金沢…
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連載12449回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <2>
(昨日のつづき) そもそも<作家生活60年>という区切りがよくわからない。 小説めいたものを書きはじめた時が、作家生活なのか、それとも新人賞をもらって雑誌に作品が掲載された時点から数えるのか、…
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連載12448回 口笛を吹きながら ─作家生活六〇年の思い出─ <1>
何十年も前に書き始めた『青春の門』という長篇が、第9巻を出したあとでとまっている。 もう何年も中断したままだ。 理由をあげればいろいろあるが、大きな原因の一つが、雑誌業界の変貌による。 …
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連載12447回 「鏡花文学賞」の52年 <5>
(昨日のつづき) 最初の頃の選考委員の一人が三浦哲郎さんである。 彼は学生の頃からすでに新人作家として知られていた。 校内ですれちがったりすると、文学部の連中は、 「あれ、三浦哲郎だよな…
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連載12446回 「鏡花文学賞」の52年 <4>
(昨日のつづき) 時代は変る。 40年も昔の鏡花賞の選考委員会とは、ずいぶん雰囲気が変ったのは当然だ。 初期の頃は、まず選考委員のメンバーに酒呑みが大勢いた。 もちろん今も、選考を終え…
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連載12445回 「鏡花文学賞」の52年 <3>
(昨日のつづき) <鏡花文学賞の52年>などと懐旧談にふけっているうちに、今夜は<54年目の>鏡花文学賞が決まった。 いま、選考会場から帰ってきたばかりである。今回からは新選考委員に京極夏彦氏を…
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連載12444回 「鏡花文学賞」の52年 <2>
(昨日のつづき) 鏡花賞、第1回目からの受賞者一覧である。 ◇第1回(昭和48年/1973)半村良『産霊山秘録』森内俊雄『翔ぶ影』 ◇第2回(昭和49年/1974)中井英夫『悪夢の骨牌』 ◇…
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連載12443回 「鏡花文学賞」の52年 <1>
先週は読書に明け暮れた1週間だった。 読書といっても仕事のための読書である。 これまでいくつもの文学賞の選考の席につらなってきたが、後期高齢者がいつまでも新人発掘の現場にウロウロしているわけ…
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連載12442回 私の独断的養生論 <5>
(昨日のつづき) 体験というのは、自分ひとりのものである。 それがどれほど貴重な、良心的なものであっても、自分個人のものでしかない。 さまざまな体験談、手記のたぐいを読んで、感動というか、…
