(9)独禁法違反疑い「AKB商法」の初出は2008年 「ファンから搾り取る」と評された「自分では選べない状態での購入」
握手会によって「会えるアイドル」から「触れ合えるアイドル」となったAKB48。ネット上の口コミで上昇気流に乗っていくが、何より第1幕を盛り上げた最大の功労者は「絶対的エース」と呼ばれた前田敦子である。
総合プロデューサーの秋元康はなぜ、前田をセンターに抜擢したのか。田原総一朗との対談本「AKB48の戦略!」(アスコム)で「もっと歌や踊りのうまいかわいい子がいるのに」という疑問に秋元は「センターにいちばん向いていないなと思ったから」と答えている。ファンは不遇の女の子がお姫さまとして大成功するシンデレラストーリーを求めているというのだ。第1期オーディションでは振り付け担当の夏まゆみをはじめ審査員全員がごく普通の中学生の前田を推した。ダイヤモンドの原石を感じさせるオーラを秘めていた。
秋元が前田にセンターで歌うように指示すると、大声で泣きながら拒否したという。ここで前田の「不動のセンター」が決まった。主役になりたくてさまざまな訓練を受けてきた子ではドラマは生まれない。予定調和を嫌う秋元は前田を猛プッシュすることを心の中で誓ったのである。


















