相撲で全国3位、陸上競技は全国2位…野球はさっぱりでも「プロになるもの」と信じて疑わなかった
当たれば飛ぶが、バットにまったく当たらない。そんな中学時代だった。地元の知多市立八幡中学軟式野球部に入るも、3年間で本塁打ゼロ。3年夏の郡大会でも3三振を喫して初戦負け。最後の夏はあっさりと終わった。
時間ができて家族で旅行を計画していたさなか、俺に目をつけていた中学の相撲部の先生が声をかけてきた。八幡中は野球部こそ弱かったが、相撲部は地元の強豪だった。最初は断ったものの、「焼き肉をごちそうしてやる」というニンジンにつられ、2日間だけ練習に参加。押し出しとつり出しを教わって愛知県大会で団体戦8戦全勝で優勝。全国大会に出場した。個人戦では3位。相撲部屋5つからスカウトが来た。
相撲が終わると、今度は陸上部の顧問から「ボール投げに出ないか」と声がかかった。こちらは愛知県大会で優勝して全国大会で準優勝。試合球の重さは約300グラムで野球の硬式球でいえば2個分に相当する。中学まで軟式だったため、硬式なんて握ったこともなかったが、投げれば90メートル以上飛んだ。すると、高校の陸上部10校以上から特待生の誘いを受けた。
一方、野球部からはゼロ。それでも、相撲も陸上もすべて断り、野球の道を進み続けた。中学で一本も本塁打を打てなかったのに、なぜか「俺はプロ野球選手になるんだ」と思い込んでいた。「ドラフト1位でプロに入って契約金1億円をもらう」と信じて疑わない。プロ野球選手は「夢」ではなく、「なるもの」と思っていた。それが「俺」なんだと思う。
野球はヘタクソだったが、
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