吉田茂
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シリーズ「占領下の日本社会」(32)吉田茂の申し入れと木戸幸一の保身、幻に終わった近衛文麿のスイス派遣工作
吉田茂が外交官の勘を働かせ、近衛文麿を戦時下のスイス・ジュネーブに単身で長期滞在させ、アメリカ、イギリスなどの有力者が近づいてくるのを待つという案は、明らかに伊藤博文が金子堅太郎をアメリカに送って政戦両様の構えをとったことに似ていた...
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昭和へつながる「自由民権運動の土佐人脈」、教科書には書かれない人間関係
「板垣死すとも自由は死なず」という言葉を広めたとされる竹内綱という名前に思い当たる人はいるのではないでしょうか。竹内の子どもが、吉田茂なんです。 横浜に吉田健三という人がいました。吉田は英国商社の日本支社長として日本政府を相手...
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衆院解散は本当に「首相の専権事項」か? 始まりは吉田茂の「憲法第7条」歪曲解釈だった
岸田文雄首相が通常国会終盤にかけて思わせぶりな言動を小出しにして「解散風」を吹かせ、与野党もマスコミもそれにブンブン踊らされて、政策や法案の中身などそっちのけになる中で国会は閉会。結局、その風はただの空騒ぎに終わった。 それ...
