五木寛之 流されゆく日々
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連載12266回 活字文学の末端で <1>
また新たな執筆生活が始った。 「新たな」といっても、昨年の続きである。 昨年の仕事は、その前の年の続き、というわけで、執筆生活は65年目にはいった。 執筆生活であって、執筆ではない。原稿用…
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連載12265回 新しい年のデジャヴ <5>
(昨日のつづき) この冒頭の文句を<サクジツのつづき>とは、読まないで欲しい、というのが私のひそかな願いである。 <キノウの続き> という往年のラジオ関東の番組へのノスタルジーから引いたセリ…
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連載12264回 新しい年のデジャヴ <4>
(昨日のつづき) デジャヴ(既視感)をおぼえるような出来事は、この10年の間にもしばしばあった。 しかし、かつて視た現実と重なり合う場面はあっても、やはり昔は昔、今は今である。 似ているか…
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連載12263回 新しい年のデジャヴ <3>
(昨日のつづき) (déjà vu)というのは、一般に<既視感>と訳される。 前にそれを見たことがないにもかかわらず、以前にもなんだか見たことがあるような気がすることを言うらしい。 以前、『…
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連載12262回 新しい年のデジャヴ <2>
(昨日のつづき) 職業作家には盆暮れも正月もない。 きょうも夕方、幻冬舎の相馬さんが最終原稿と直しゲラを取りに来訪。午後3時の約束を急遽、6時に延ばしてその間に原稿、あと書きなど10枚あまりを…
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連載12261回 新しい年のデジャヴ <1>
<月並みは大事>という私のモットーにしたがって、「明けまして、お目出とうございます」と、ご挨拶させていただく。 「なにがどうメデタイんだ?」 などと、頭ごなしに文句をつけたりはしないで頂きたい。…
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連載12260回 昭和の「モノ書き」たち <5>
(昨日のつづき) サンデー毎日の今週号に、『今年、旅立った人々』という記事がでていた。 外国人をのぞく日本人は15人が挙げられていたが、生前、私が個人的に存じあげていたかたが、6人おらえた。 …
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連載12259回 昭和の「モノ書き」たち <4>
(昨日のつづき) 今は挿画というが、昭和の頃は<挿し絵>だった。 有名な画家たちも、<サシエ画家>と呼ばれていた。<挿画家>と呼ばれる画家たちの世界にも、大家と駆け出しの新人がいた。 往年…
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連載12258回 昭和の「モノ書き」たち <3>
(昨日のつづき) 昭和30年から40年代にかけて、中間小説誌の全盛期といっていい時代があった。 老舗の『オール読物』『小説新潮』などを中心に、『小説現代』など新興の小説誌が勢ぞろいして競いあっ…
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連載12257回 昭和の「モノ書き」たち <2>
(昨日のつづき) 私が新人賞をもらってデビューをはたしたのは、昭和41年である。翌年に直木賞を受けて駆け出しのプロ作家となった。 当時、ノベルス的小説世界で暴れ回っていたのが、<もの書き>出身…
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連載12256回 昭和の「モノ書き」たち<1>
いよいよ令和7年も暮れる。 師走の街にはメッチャ車が走り回っている。タクシーも稼ぎどきと見えて、なかなか空車がつかまらない。 物書き稼業も大忙しだ。連載の締め切りも前倒しだし、年頭の感想など…
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連載12255回 師走に思う人びと <5>
(昨日のつづき) <恩師>という言葉は、手垢がつきすぎていて、使うのが気になるところがある。 それでも、私にとって、あえて<恩師>という言い方をすれば、横田瑞穂先生以外にはいないだろう。仕事の上…
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連載12254回 師走に思う人びと <4>
(昨日のつづき) かなり前に世を去った作家だが、なぜか歳末になると森敦さんのことを思い出す。 森さんは長い雌伏のすえ、名作『月山』で文壇に再登場したベテラン作家である。 酸いも甘いも噛みわ…
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連載12253回 師走に思う人びと <3>
(昨日のつづき) 今年、鎌田東二さんが亡くなったときはショックを受けた。踏んでも蹴ってもクタバラないような不死身の人、というイメージがあったからだ。 鎌田さんと知り合ったのが、どんな時期で、ど…
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連載12252回 師走に思う人びと <2>
(昨日のつづき) 友人、というのは、少くとも30年以上つきあってきた友達のことを言うのではないだろうか。 友人の多いことを自慢する人もいるが、それは一種の社交ではないかと思う。 私の仕事仲…
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連載12251回 師走に思う人びと <1>
年明け早々に出す新刊の原稿が、まだ、あがっていない。この数日が勝負というわけで、ひさしぶりに徹夜の仕事が続く。 そうでなくても、年末はあわただしい時期である。連載をこなしながら、いろんな原稿を書…
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連載12250回 再び「歩く」ことについて <6>
(昨日のつづき) 「人間は考える葦である」 と、いう。 「葦」であるから恰好いいのであって、これが「考えるセイタカアワダチソウ」だったりしたら、千古の名言とはならなかっただろう。 とりあえ…
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連載12249回 再び「歩く」ことについて <5>
(昨日のつづき) むかし中国のいろんな寺を訪れたことがある。社会主義体制下でも、仏教は根強く生きているのだ。 中国の禅発祥の寺といわれる古寺を訪れたときに、不思議な光景を目にした。 寺の門…
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連載12248回 再び「歩く」ことについて <4>
(前回のつづき) 夜中の地震にすっかり気が動転してしまって、連載を1回とばしてしまった。(つづき)になっている話をつづけよう。 「食事」と「睡眠」と「運動」。 この3つが健康を維持する主要な…
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連載12247回 揺れる列島、ふたたび
夜、原稿を書いていたら、窓がギシギシ音をたてはじめた。 時間は11時30分すぎ。 すぐにテレビをつける。北海道、東北地方に津波警報が出ている。 マグニチュード7.6あまりのようだ。 …
