五木寛之 流されゆく日々
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連載12335回 「対談選集」(平凡社)完結 <4>
(昨日のつづき) 駆けだしのライター時代から数えると、活字の仕事を70年あまりやってきた。自分では、いっぱしの書き手のつもりでいるが、いま現在でも<知らないこと><間違って憶えていること>が、呆れ…
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連載12334回 「対談選集」(平凡社)完結 <3>
(昨日のつづき) きょうは午後3時から『家庭画報』の対談。高輪の新しいホテルの一室で。 数年前、このあたりは赤提灯の店が並んでいるような一画だった。 それがいつのまにやら一変。巨大ビルが未…
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連載12333回 「対談選集」(平凡社)完結 <2>
(昨日のつづき) 単行本はべつとして、このところシリーズで完結したのは、東京書籍から出た『五木寛之セレクション』、そして今回の平凡社刊『五木寛之傑作対談集』(全3巻)である。 新刊がでると、そ…
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連載12332回 「対談選集」(平凡社)完結 <1>
平凡社から刊行中だった対談集(全3巻)がようやく完結した。 日本人以外のゲストも多かったので、著作権その他の手続きが大変だったらしい。 ちなみにこのシリーズに再録した外国のゲストは、モハメッ…
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連載12331回 筆不精は遺伝か <5>
(昨日のつづき) 世の中には、おそろしく筆マメなかたがいらっしゃる。だから困るのだ。 しかし、それらのかたがたは努力して筆マメにふるまっていらっしゃるのだろうか。 そうではあるまい。天性、…
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連載12330回 筆不精は遺伝か <4>
(昨日のつづき) こうして考えてみると、私の筆無精は、ただ無精というだけのことではないようだ。 なにか人格的な欠陥とでも言うべきものがそこにあるのではないかと思われてくる。 世の中には筆ま…
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連載12329回 筆不精は遺伝か <3>
(昨日のつづき) わずか一枚の葉書きが書けない。単なる無精というのではない。 なにか精神的な欠陥があるのではないか、という気さえするのだが、自分でもその理由がわからないのだ。 今日は書かな…
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連載12328回 筆不精は遺伝か <2>
(昨日のつづき) 上京して大学に入学するまでは親の世話になったが、それ以後は完全自立する計画だった。 入学早々、住み込みで食事つきの仕事がみつかったので、暮らすほうは何とかなる。それでも、2年…
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連載12327回 筆無精は遺伝か <1>
「欠点自慢」というものがあるとすれば、私の最大の欠点は『筆無精』ということにつきるだろう。 原稿を書くのは気にならない。いまでも毎日、せっせと原稿用紙に万年筆を走らせている。 きょう4月12日…
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連載12326回 変る世界、変らぬ日常 <5>
(昨日のつづき) このところ1年から2年ほど前に刊行された時事的な本を読み返している。それぞれに当時の情勢下で、「この先どうなる」という予測を語ったたぐいの本だ。 先日、私は佐藤優さんとの対談…
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連載12325回 変る世界、変らぬ日常 <4>
(昨日のつづき) このところ、まったく耳にしなくなった昔の言葉の一つに、<かがる>というのがある。 辞書を引いてみると、ちゃんとのっているからエライものだ。 <かがる(縢る) 糸をからげるよ…
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連載12324回 変る世界、変らぬ日常 <3>
(昨日のつづき) いま世界が音を立てて変りつつある。 アメリカのデモクラシーといい、ロシア、中国の社会主義といい、ヨーロッパ文化の沈滞といい、アラブ、アジア世界の不安定といい、ラテン・アメリカ…
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連載12323回 変る世界、変らぬ日常 <2>
(昨日のつづき) いまでも、どうしても辞書を引かなければ書けない漢字が沢山ある。 その中の一つが<そば>だ。<蕎麦>という字をどうしても憶えることができない。 私は幼年時代を外地ですごした…
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連載12322回 変る世界、変らぬ日常 <1>
イヌといっしょで、毎日1回、街を歩かずにはいられない。 外出するのは簡単だ。黒のタートルネックのセーターに茶のブレザー、濃茶のズボン、そしてスウェードのスリップオン。 この数年ほど、その恰好…
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連載12321回 本をめぐる雑話 <5>
(昨日のつづき) 私の本の中で「小さくて、薄っぺらな本」ということで考えてみると、サイズ的には2022年に東京書籍から出た『歎異抄手帳』だろう。 それこそポケットサイズの薄い本だ。 <私訳 …
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連載12320回 本をめぐる雑話 <4>
(昨日のつづき) 私の最初の作品集が出たのは、1967年初頭である。『さらばモスクワ愚連隊』という物騒な題の本だった。(講談社刊) その年には4冊の単行本が出た。 『蒼ざめた馬を見よ』(同年…
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連載12319回 本をめぐる雑話 <3>
(昨日のつづき) 今日は雨。 迎えにきたスタッフとともに赤坂のTBSへ。 かつて二十数年にわたって『五木寛之の夜』という深夜ラジオ番組をやっていた頃のことを思い出して感慨あり。 きょう…
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連載12318回 本をめぐる雑話 <2>
(昨日のつづき) 私が九州から上京したのは1952年の春である。昭和27年だ。 当時は文庫本の一冊ぐらいはポケットに差し込んで歩くのが文学部の学生の見栄だった。できればシャキッと新しい文庫本の…
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連載12317回 本をめぐる雑話 <1>
私が『大河の一滴』という文章を書いたのは、30年ちかく昔のことだった。 たぶん私が60代前半ぐらいの頃だったと思う。 中国の屈原という人物のエピソードに触発されて、短い文章を書いたのだが、次…
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連載12316回 放埒のブルース <5>
(昨日のつづき) もうどのくらい昔のことになるのだろうか。 かつて『燃える秋』という小説を書いたことがあった。 角川書店から函入りの本が出たことを憶えている。当時も、すでに函ケース入りの単…
