追悼 倉本聰さん「知識ではなく知恵で生きる」…富良野で思い、感じたこと
9月18日、脚本家の倉本聰先生がお亡くなりになった。享年91。こうして日刊ゲンダイに追悼文を書かせていただくのは、とても感慨深い。倉本が80歳をいくつか過ぎた頃、そのドラマ渡世を丸ごと記録したいと思った。今聞かなければ、貴重な記憶が消えてしまうと危惧したのだ。
インタビューは富良野や東京で1年間に9回、約30時間におよんだ。日刊ゲンダイで全118回の連載をした後、一冊にまとめたのが「ドラマへの遺言」(新潮新書)だ。今日は、この本に収めきれなかった倉本の言葉を紹介することで、追悼とさせていただきたい。
倉本にとって大きな転機となったのは、1977年に北海道の富良野へと移住したことだ。それがなければ、あの「北の国から」も生まれなかっただろう。富良野に来た頃、倉本は何を思い、何を感じたのか。


















