倉本昌弘さん(3)もっと本気を出していたらあと20勝はできたかもしれない
理論的なトレーニングを重ねて、70歳の今もシニアで活躍を続ける倉本さん。アマチュア時代からタイトルを総ナメし、「敵なし」だったことは広く知られた話です。ところが、ゴルフを始めたきっかけ、プロになった動機を聞いて驚きました。「プロになる気はなかった」というのです。
◇ ◇ ◇
──ゴルフを始めたのは何歳くらいですか?
「10歳からですね」
──きっかけは?
「父がゴルフをやっていて、その練習に連れていかれた。もうひとつ、どうも体が弱かったらしくて何かスポーツをやらせようということになったんですが、当時の広島には柔道とか剣道しかなくて。最初はそちらに行ったんですが、どうも合わなくて。そのうちゴルフが好きになったんですね」
──いきなりコースへ?
「最初は練習場で、11歳からコースに行き始めました。父親が広島ゴルフ倶楽部のメンバーでしたから。でも、当時はプレーよりもゴルフ場で虫を捕ったりする方が楽しくて」
──その後、倉本さんはアマチュアゴルフで大活躍されます。高校時代は全日本ジュニアチャンピオン、日大ゴルフ部では空前絶後の日本学生選手権4連覇、日本アマ3勝など総ナメですね。いつ頃から本格的にプロを目指そうと思われたんですか?
「それが25歳になるまで一度もプロを目指したことはないんです」
──アマで負けなしですよね。勧誘にも来るでしょう?
「相撲部屋とかプロ野球とは違いますから勧誘はないです。職業にする気はありませんでした」
──それはなぜですか?
「プロゴルファーになるより、父親の後を継いで事業をやりたかったんですね」
──お父さまは広島で料亭旅館をやられてたんですよね。ご長男ですか?
「日本料理と旅館ですね。姉が1人いますが、長男です。事業を継ぐために日大卒業後MBAを取るために米国のイーストテネシー州立大学に留学させてもらったんです。そうしたら、父親が脳梗塞で倒れて、すぐ帰ってこいと。それですぐ、旅館を継ぎました。22歳の9月でした」
──その年で事業を引き継ぐのは大変ですよね。
「右も左もわかりませんから、京都の料亭にでっち奉公に行く予定だったんです。そうしたら、翌々年のプロの試合、中四国オープンでアマチュアなのに勝ったんです。周りもプロでやったらどうか、と言い出して。親父に相談したら“やめとけ”と。“こっちの方が儲かるぞ”と反対されて。でも、あるお客さんから言われた一言が決め手になりました」
──それはどんな?
「“おまえはいいな。親のスネかじって、仕事もしないでゴルフをやって、それで勝って”ということですね。カチンときて、だったら実力勝負のプロの世界で勝ってやると」
──反逆の精神ですね。
「そうです。もし、京都に修業に行ってたら2年間、板前の仕事をやる予定でした。いまでも包丁くらい研げますよ」


















