「俺の前にランナーをためるための練習を一生懸命せえよ」 俺は名電史上最悪の主将だった
正捕手だったこともあり、3年になると投手交代のタイミングにも口を出していた。86年夏、3年の愛知県大会の5回戦で東邦と当たったときのこと。エース投手だった金田剛士が打ち込まれると、中村監督にこう耳打ちした。
「監督、このままじゃダメだから、もう代えましょう」
俺が後輩の2年生投手の名前を出すと、中村監督は「おお、そうか」と二つ返事で交代させたが、ビビりまくってさらに打ち込まれ、0対5で敗戦。毎年、名電の忘年会でその後輩と顔を合わせるたび、「おまえのせいで恥かいたわ」とツッコむのが年末の恒例行事に。その代わり俺は同級生から、「おまえは本当に酷かった。本当に何もしてなかったよな。だから俺たちは甲子園に行けなかったんだ」と、イジられている。


















