五木寛之 流されゆく日々
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連載12307回 放埒の時代にこそ <5>
(昨日のつづき) クルド族の動きが注目されている。 クルド人はトルコ、イラン、イラクに多く居住する独自の民族だ。本来、遊牧民であるが、定住し各地に居住する集団も多い。 独自の民族意識を持ち…
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連載12306回 放埒の時代にこそ <4>
(昨日のつづき) テヘランがイランの東京なら、イスファハンは奈良か京都にあたるだろうか。 私がイスファハンを訪れたときは、ちょうど 「パーレヴィーよ、去れ!」 「ホメイニ師 こんにちは!」…
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連載12305回 放埒の時代にこそ <3>
(昨日のつづき) <放埒>という言葉に惹かれる気持ちがある。 アウトローとか、そういう感じではない。 埓というのは、制限するものである。そこを超えたいと思うのは、囲われている馬や牛だけではな…
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連載12304回 放埒の時代にこそ <2>
(昨日のつづき) 平安時代に「放埒の人」と目された人物がいた。朝廷に出入りが許された下級貴族である。 彼は当時の音曲を好んだ。貴族趣味の高尚な音曲というよりも、当時、都で流行した音楽を愛好した…
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連載12303回 放埒の時代にこそ <1>
私は1932年(昭和7年)の生まれである。 同じ年に生まれた作家に、石原慎太郎と小田実(まこと)がいる。 政治的には対照的な2人だが、同年生まれということで、なんとなく親近感があった。 …
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連載12302回 九十三歳のTV出演 <5>
(昨日のつづき) 私はテレビ番組を見ていて、つよい違和感をおぼえることが度々ある。 それは出演者の人々が、おそろしく早口で喋ることだ。20年ほど前のTV番組を見ると、そのゆったり振りは尋常では…
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連載12301回 九十三歳のTV出演 <4>
(昨日のつづき) 以前はテレビは作る側だった。 日本テレビでやった『遠くへ行きたい』や、テレビ朝日の『百寺巡礼』なども、制作サイドの一員として画面に出る、という感じだったのだ。 思えば当時…
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連載12300回 九十三歳のTV出演 <3>
(昨日のつづき) 歳をとってからのメディアへの出演(新聞/雑誌を含む)の、おちいりやすい点は、メディア慣れしている点にあるように思う。 要するに初心を忘れているのだ。何をきかれようと平然と答え…
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連載12299回 九十三歳のTV出演 <2>
(昨日のつづき) NHK『おはよう日本』の録画取材は、私がふだん、対談/インターヴューの場として使わせてもらっているホテルの一室で行われた。 いわゆるモダンな部屋ではなくて、なんとなく大正的な…
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連載12298回 九十三歳のTV出演 <1>
先日、ひさしぶりでテレビに出た。 テレビ朝日の『羽鳥慎一モーニングショー』という朝の番組で、反響が大きかったのでびっくりした。いまだに「TV恐るべし」である。 先ごろ新聞に「私が癌を公表した…
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連載12297回 日々是好日ではない <4>
(昨日のつづき) 重大な病気を背負って、どのようにしてそこから復帰したのか、という話を、明かるい話題として読みたい、と以前から思っていた。 病気を背負うということは、苦しい体験であることはきま…
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連載12296回 日々是好日ではない <3>
(昨日のつづき) 日刊ゲンダイ紙は、このところかなり高レベルの健康に関する記事が目立つ。 いろんな雑誌が大見出しで喧伝しているような通俗的健康特集ではなく、実質的に体験を通じての記事が多いので…
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連載12295回 日々是好日ではない <2>
(昨日のつづき) ベッドから起きあがって服を着るとき、ふと足の指を見てびっくりした。足指の爪、ことに親指の爪が異様に伸びているのである。 体全体は老化しているのに、どうして足の爪のような部分が…
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連載12294回 日々是好日ではない <1>
私が癌になり、それを「公表」した、という新聞記事が原因で、いまだに見舞いの連絡が続いている。 先日、テレビ朝日の<羽鳥慎一モーニングショー>にちょっと出たので、それを見て安心した人も多いらしい。…
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連載12293回 大河の流れに逆らって <5>
(昨日のつづき) 今回の『大河の一滴最終章』のなかで私が書いたのは、「運命に逆らう」ということだった。 しかし、それは逆流して河をさかのぼることではない。よどみ、渦巻く水流を迂回することであっ…
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連載12292回 大河の流れに逆らって <4>
(昨日のつづき) ここで、ちょっとドラフトする。文章が横すべりするのも、私の書くものの本質なのだ。 一つのことを正面からだけ語るのでは、語り手のほうも退屈する。ここは遊び心を駆使して、ちょっと…
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連載12291回 大河の流れに逆らって <3>
(昨日のつづき) 私が『大河の一滴』という本を出したのは、30年ほど前の話である。「生きる」ということ、「死ぬ」ということ、などについて、大人の童話といった感じの物語りを綴ったものだった。今も文庫…
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連載12290回 大河の流れに逆らって <2>
(昨日のつづき) 今では癌はさしてめずらしい病気ではない。私の担当の編集者の中にも、以前、癌を発症して回復、以前と同じように仕事をしている人が何人かいる。 また、サッカー界のレジェンド、故・釜…
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連載12289回 大河の流れに逆らって <1>
この数日間、いろんなかたから見舞いのお電話を頂いて、恐縮しているところだ。 どうやら私が癌になったことを「公表した」というニュースが新聞に出たらしい。 たぶん数日前に発売になった『大河の一滴…
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連載12288回 活字世代の回想など <4>
(昨日のつづき) セメント倉庫の集団生活のなかで、発疹チフスが流行した。体に赤い発疹があらわれ、高熱を発してコロッと死ぬ。 シラミが媒介するといわれた。延吉方面から逃れてきた満州からの避難民が…
