もっと沢田研二の音楽1980-1985
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【感謝】「もっと沢田研二~」はこれで最終回。そして来週からは……
さて突然ですが、この連載「もっと沢田研二の音楽を聴く 1980-1985」が、今回をもって最終回を迎えることとなりました。 11カ月のお付き合いでしたが、週2本、かなりマニアックな内容を書き…
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【ザ・ベストテン】に沢田研二が出られなかった日は桑田佳祐が出てきた日
昨年の5月9日、スージー鈴木のレコード研究室Vol.24「沢田研二の音楽を"爆音で"聴く」を開催した南青山BAROOMが閉店することとなりました。 私の本拠地でもありますし、とても残念なので…
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【桑田佳祐】誕生日記念、沢田研二とマイケル・ジャクソンとの意外な関係
来たる2月26日は、桑田佳祐70歳のお誕生日である。桑田佳祐が古希になる日本を私たちは生きている。 それどころか、約2週間後の3月13日は、沢田研二とゆかりの深い佐野元春の古希バースデーだ。…
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【時間ですよ】と「寺内貫太郎一家」に「ジュリーーー!」が出演した日
気が付いていなかった。私としたことが。『時間ですよ 第2シリーズ』がBS-TBSで放送されていたなんて。 去年の大みそか=2025年12月31日から(どんなタイミングだよ)、月曜~金曜の朝7…
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【今日は一日“ジュリー”三昧】での『不良時代』の説明に出てきた吉田拓郎
天下の朝日新聞(22年6月25日)が「吉田拓郎さん、第一線から退く意向 テレビ出演、来月引退」と、報じていたのだから、確かに引退宣言していたのだ。 しかし2月2日のニッポン放送『オールナイト…
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【太陽を盗んだ男】のポスターをデザインしたのは誰だったのか
映画監督・長谷川和彦が亡くなった。誤嚥性肺炎による多臓器不全とのこと。享年80。それにしても最近の死因に(誤嚥性)肺炎、多いなぁ。 さて「長谷川和彦×沢田研二」といえば、映画『太陽を盗んだ男…
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【ウエスタンカーニバル】ジュリーの人気とPANTAの「事件」の仕掛け人
前回ご紹介したBS12『船越英一郎の昭和再生ファクトリー』のミッキー吉野ゲスト回に、もう1つ、ザ・タイガースにまつわるエピソードがあった。 番組後半、ミッキー吉野が、ザ・ワイルドワンズにイン…
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【ザ・タイガース】はジャズ喫茶では「タイガーズ」だった!?
我がBS12に『船越英一郎の昭和再生ファクトリー』という番組がある。 「我が」というのは、私が唯一レギュラー出演していたテレビ番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』の放送局だからだ(復活希望…
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【A・C・B】と新宿ACBとザ・タイガースと「登亭」について
私は行っていないのだが、今月開催されたコンサート「沢田研二 2026 LIVE! freedom 安堵 courage」で『A・C・B』が選曲されたらしい(3公演終わったので、ネタバレにはならないだ…
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【山本太郎】と沢田研二による13年前のJR荻窪駅前「ライブ」のこと
世の中に舌鋒鋭く物申す日刊ゲンダイである。最近では日刊ゲンダイ発のフレーズ「チンピラ維新」が一種の流行語のようになっていて頼もしい。 というわけで、日刊ゲンダイDIGITAL傘下の本連載でも…
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【宝島81年5月号】に載った沢田研二とロッド・スチュアートの記事のこと
先日発売された雑誌『昭和40年男』2月号、特集「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」を読んでいると、突然、沢田研二の顔が出てきたのでした。 35ページの「宝島が伝えたパンク/ニュー…
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【ザ・ベストテン】沢田研二1位列伝と「TOKIO」が持つ珍記録のこと
ご存じのように、久米宏さんがお亡くなりになりました。享年81。謹んでお悔やみ申し上げます。 さて、沢田研二×久米宏というと、やはりTBS系『ザ・ベストテン』ということになります。 こ…
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【君だけに愛を】のイントロと速弾きギターソロの弾き方考察
タイトルが「もっと沢田研二の音楽1980-1985」という割には、「1980-1985」という枠内の作品や出来事に関するコラムが少なく、より古い話が多いのはすいません、私の趣味の致すところでして。 …
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【井上陽水】86年の神宮球場で沢田研二提供曲を盛り上げた「ケンジ」
1月10日の夜は、期せずして「80年代の井上陽水と安全地帯ナイト」 となりました。NHK BSで午後9時から『【伝説のコンサート】 井上陽水&安全地帯 1986 神宮球場』がオンエア。そして午後10…
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【近田春夫&ハルヲフォン】の「『花の首飾り』の楽譜が風でぶっ飛んだ事件」
前回に続いて、近田春夫の新刊『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)にあった、「近田春夫&ハルヲフォン」のメンバー、恒田義見(ドラムス)と高木英一(ベース)と近田春夫との鼎談から。 …
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【近田春夫&ハルヲフォン】はなぜ『僕のマリー』をカバーしたのか
あけましておめでとうございます。 さて、私の年末年始のお供は近田春夫の新刊『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)でした。 近田春夫について私は、そこかしこで触れてい…
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【元日に発売】された沢田研二のレコードといえば、やはりあの曲
いよいよ押し迫ってきました。今年もお世話さまでした。 日刊ゲンダイで『沢田研二の音楽1980-1985』という連載が始まったのが昨年の10月。約半年連載が続き、4月には『沢田研二の音楽を聴く…
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【12月に発売】された沢田研二のアルバム/シングルとは?
いよいよ押し迫ってきました。 ここで気になるのは「12月に発売された沢田研二のレコード、CDは?」ということです(気にならないか)。 まずアルバムからいきましょう。12月発売の沢田研…
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【京都府立鴨沂高校】という沢田研二の出身校の歩き方
所用があって、京都に行ってきた。ということは、京都府立鴨沂(おうき)高校に立ち寄らなければならない。いうまでもなく、沢田研二の出身校である。 他の著名な出身者には、森光子、山本富士子、田宮二…
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【1976年の大みそか】に沢田研二をいなくさせた「イモジュリー事件」とは?
1976年の日本レコード大賞、NHK紅白歌合戦に沢田研二の名前はなかった。つまりこの年の12月31日は「沢田研二のいない大みそか」だったのだ。なぜいなかったのか。ある事件が勃発したからである。その名…
