江戸おんな職人余録 第三弾 半紙と鉄砲
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(11)男が逃げこまなんだか
由衣は簾桁を漉き舟に投じ、バシャッと盛大な音を立てた上で戸を開けた。 「なぜ早う開けぬ」 「見ればわかりましょう。両手で桁を持っていたのです。ほら、紙料だらけになってしまいました」 …
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(10)弥宗太の声に心張棒をはずす
甚兵衛が聞いたところによると、弥宗太はひどく警戒しているように見えたという。だれかに追われているようだった、とも。 「声をかけようとしたら、その前に消えてしまったそうで……」 由衣は血…
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(9)強風に川面が波立つ日が増えた
鉄砲より紙漉き──は、おもいちがいだったのか。くわしい状況は不明だが、高島秋帆をとりまく周囲の熱気に煽られて、弥宗太も寝ていた子を起こされた、ということかもしれない。 「これより陣屋へもどり見…
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(8)お父とはいつ夫婦になるんだ
高名な西洋砲術家の高島秋帆は、幕府のお咎めをうけ、目下、岡部藩内で幽閉の身となっている。教えを乞う者が後を絶たず、ひそかに人を送りこむ藩もあるというが、公儀に見つかればただではすまない。 「案…
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(7)職人がむいているのかもしれません
弥宗太によれば、陣屋の長屋に落ち着いて、藩の規則やしきたりを学び、藩士たちと顔なじみになるにはまだ時が足りないものの、すでに各地から召集した鉄砲稽古人に指導をしたり、蔵に保管してある武器の点検をした…
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(6)村の衆に怪しまれぬようにせねばの
「わたくしたちはこれからどうすればよいのですか」 由衣は身内がざわめいてくるのを感じていた。 小島城下(正式には城ではなく陣屋だが)の侍長屋で暮らしていたときは、まさか武士の父娘が紙漉…
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(5)高島秋帆が砲術の演習を指揮
藍染と紙漉きはまったくの別物だが、豊かな清流を必須として何度も晒したり干したりする作業は似ていなくもない。 一方、弥宗太が小島藩から請け負った役目は、似ても似つかぬものだった。 鉄砲…
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(4)書状は破棄すべしとの御命にて
「まずはこれをお読みいただきたく……」 弥宗太は挨拶もそこそこにふところから封書をとりだし、兵左衛門の膝元へ押しやった。由衣がとりあげて父に手渡す。 兵左衛門は一読、こめかみをひきつら…
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(3)萩原さまにちくと頼みが
苦笑しつつも悪びれた様子のない男に、由衣はますます苛立った。 「笑い事ではありません」 「すまぬ」 両手を太腿にあて、男はとってつけたように頭を下げた。振り分け荷を担いでいるとこ…
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(2)見慣れぬ小童が泥だらけの手で
早春の小河内川は気まぐれだ。柔らかな陽光にさざめいていたかとおもえば、寒さに辟易した貌で水面をふるわせる。雨が近づいている今は、にわかに吹きはじめた寒風に抗おうとするかのように、尖った波を立てていた…
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(1)簾桁を左右にゆり動かす
〈一〉 息をつめ、赤子をあやすようにやさしく、簾桁を左右にゆり動かす。白濁した紙料を満たした漉き舟にゆっくり沈め、静かに汲み上げてもう一度、右へ左へ。ひごを編んでつくった簾は軽いが、簾網をはめ…
