語り部の経営者たち
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クレディセゾン 山下昌宏社長<2>上司に見込まれた仕事ぶり
永久不滅ポイントなど斬新なサービスで知られるクレジットカード会社「クレディセゾン」。2019年に社長に就任した山下昌宏は、「緑屋」(月賦百貨店)から社名変更した「西武クレジット」に1期生として入社し…
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クレディセゾン 山下昌宏社長<1>他大学の就職課で勧められ
永久不滅ポイントなど斬新なサービスで知られるクレジットカード会社「クレディセゾン」。2000年から舵取りをしてきた林野宏(現会長)から、同社の前身「西武クレジット」1期生の山下昌宏(当時専務)に社長…
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3Backs 三浦尚記社長<4>苦難から逃げずに向き合う習慣を
キャリア再生支援事業「リバースラボ」にエントリーして面接に受かると、スリーバックスの正社員として雇用される。 「アルバイトや業務委託契約のほうが会社のリスクは減りますが、彼らの実績に結びつきに…
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3Backs 三浦尚記社長<3>借金3000万円…社会貢献の大切さ
父が営む建設会社に入社した三浦氏は、どんなにつらくても3年は続けようと心に誓って、配管工事の見習いから始めて真面目に取り組んだ。 「3年の間に仕事の魅力がわかればやっていけると思っていました。…
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3Backs 三浦尚記社長<2>大学を中退し就職活動を始めたら…
大学を中退した三浦氏は、早く社会に出て一人前になろうと就職活動を始めた。しかし、その考えは甘かった。名の知れた企業や条件がいい企業はたいていどこも応募資格が大卒以上で、希望と条件が見合う就職先が見つ…
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3Backs 三浦尚記社長<1>学歴・職歴に悩む若者の支援事業
学歴・職歴がなくて思うような仕事に就けないと悩む若者にキャリアの形成を支援して就職への道筋をつくる、キャリア再生支援事業「リバースラボ」が話題になっている。運営するのは東京・千駄ケ谷に本社を構える株…
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バリュエンスホールディングス 嵜本晋輔社長<4>繁盛店と閑古鳥店の違いに気づきケーキ屋を出店
ブランド品などのリユース会社、バリュエンスホールディングスを立ち上げ、わずか7年で東証マザーズに上場させた嵜本晋輔。その着眼点は独特だ。 当時、リユース業界では、誰もやっていなかったネット販…
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バリュエンスホールディングス 嵜本晋輔社長<3>中古家具・家電から「ブランド品買取」に業務転換
バリュエンスホールディングス代表取締役社長の嵜本晋輔は2007年、兄2人とブランド品買い取り専門店「ナンバdeなんぼ屋(なんぼやの前身)」の運営をスタートさせた。25歳の時だ。 彼が傑出して…
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バリュエンスホールディングス 嵜本晋輔社長<2>象牙と思い込みプラスチックを5万円で…
ブランド品等のリユース会社、バリュエンスホールディングスを、創業からわずか7年で東証マザーズに上場させ、業界2位にまで成長させた嵜本晋輔。 高校時代からプロに注目されるサッカー選手だった嵜本…
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バリュエンスホールディングス 嵜本晋輔社長<1>ガンバ大阪に入団するも3年で現役引退
宝石やブランド品を個人から買い取り、インターネットオークションを通して世界中の専門業者に売却しているバリュエンスホールディングス。創業からわずか7年で東証マザーズに上場させ、業界2位へと成長させた立…
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ネクステージグループ 佐々木洋寧社長<3>営業の仕事とは
リフォーム事業を中心に4つの子会社を持つネクステージグループ。前身のメッドコミュニケーションズ(現子会社)時代、オール電化住宅で売り上げを伸ばしたが、東日本大震災でオール電化に欠かせない装置の供給が…
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ネクステージグループ 佐々木洋寧社長<3>東日本大震災を契機にリフォーム業に転換
リフォーム事業を中心に4つの子会社を持つネクステージグループ。前身であるメッドコミュニケーションズ(現子会社)は外国製の掃除機を訪問販売する会社だった。しかし2003年、強引な販売手法で東京都から「…
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ネクステージグループ 佐々木洋寧社長<2>販売方法を見直し
リフォーム事業を中心に4つの子会社を持つネクステージグループ。社長の佐々木洋寧は、元時代劇俳優で、松方弘樹の付き人になったこともある。しかし、結婚を機に“カタギ”になり、現・子会社のメッドコミュニケ…
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ネクステージグループ 佐々木洋寧社長<1>松方弘樹に弟子入りするも3カ月で挫折
リフォーム事業を中心に4つの子会社を持つネクステージグループ。ドアノブ1つから新築一軒家まで「家のことなら何でも」というスタンスで、全国32カ所に拠点を持つ。 社長の佐々木洋寧は、元時代劇俳…
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マルマン 井口栄一社長<7>強みは製品への徹底したこだわり
マルマンの製品に対する向き合い方は、まさに職人かたぎだと言えるだろう。 品質と機能性を求め、武骨なまでにコツコツと妥協せずに、消費者にとって使い勝手のいいものを追求する。 「そのこだわ…
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マルマン 井口栄一社長<6>改革途上 1番つらかった工場閉鎖
マルマンは、井口の祖父・興一が、「子どもたちが、夢を思いきり描けるように」と画用紙を販売したところから始まる。 さらには、「画用紙をとじたほうが使いやすいのではないか」と思い立ち、日本で初め…
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マルマン 井口栄一社長<5>バブル崩壊と学生人口減のW打撃
1990年代、バインダーノートやレポートパッドでヒットを飛ばしていた井口ではあったが、その一方では、マルマンが最も厳しい危機にひんしていた時期でもあった。 ターニングポイントは91年だった。…
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マルマン 井口栄一社長<4>素材を求めて海外を飛び回る
マルマンは「図案スケッチブック」などで知られる文具メーカーだ。 28歳の時にマルマンに入社した井口は、営業を経て、商品開発を担当するようになった。 「商品開発はものづくりですから、これ…
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マルマン 井口栄一社長<3>紙の専門商社で鍛えられる
マルマンは「図案スケッチブック」などで知られる文具メーカーだ。 井口は大学時代、旅行研究会に所属した。 「もともと旅行が好きだったので、2カ月間アルバイトをして、旅費を貯めては国内旅行…
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マルマン 井口栄一社長<2>原点は高3での米国ホームステイ
マルマンは、ロングセラー商品「図案スケッチブック」などで知られる文具メーカーだ。 井口は明治学院出身の父の勧めで、高校、大学は明治学院に進んだ。井口にとって一番の転機となったのが、高校3年の…
