五木寛之 流されゆく日々
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連載10158回 旅にいずれば街恋し
今年の春は妙に旅が多かった。 若い頃は月に4、5回は旅という生活だったのだが、最近はそれほどでもない。 とはいうものの、このところ旅が重なって、あわただしい日々が続いた。 滋賀県の長浜に…
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連載10157回 本当の琴が判らない<5>
(昨日のつづき) 歴史は法則によって動く、という。それは長い目で見ればたしかだろう。 しかし、歴史の現実は陰謀によって動く。陰謀などというと必ず笑う人がいる。そういう説を立てる論者は、「陰謀論…
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連載10156回 本当の事が判らない <4>
(昨日のつづき) もう半世紀も昔のことになる。 1968年の夏、私は騒乱のパリにいた。たまたまイタリアに滞在中だったのだが、パリが内戦状態だと聞いて矢も盾もたまらず急遽、現地に向かったのだ。い…
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連載10155回 本当の事が判らない <3>
(昨日のつづき) 20代の後半、私はマスコミの底辺を漂流していた。当時、業界紙・誌と呼ばれていた極小メディアの編集者兼取材記者として働いていたのである。『洋酒タイムズ』『交通ジャーナル』『運輸広報…
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連載10154回 本当の事が判らない <2>
(昨日のつづき) 25日が問題の日だそうだ。この原稿が印刷されてキオスクにでる頃には、米朝の関係が大変なことになりそうだという。 インド洋のあたりを散歩していたカール・ビンソンは、こんどはわが…
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連載10153回 本当の事が判らない <1>
原子力空母カール・ビンソンが急遽、北上中、みたいな報道で列島が緊張したのは、ついさき頃のことである。 ところが、実際には5600キロも離れたインド洋のあたりで、のんびり航海中だったとかなんとか、…
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連載10152回 仏説は歌のリズムで <5>
(昨日のつづき) 私たちは常識として、古典は文字で読むものだと思いこんでいる。 しかし、古来、歴史も物語も、暗記したプロによって声にだして朗唱されていた。 古事記ひとつとってみてもそうだ。…
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連載10151回 仏説は歌のリズムで <4>
(昨日のつづき) 先週、和歌山へ行ってきた。 和歌山はひさしぶりである。泊ったホテルの窓からお城がよく見え、まだ桜も残っていて気持ちのいい日だった。大きなホールでの講演だったが、2階席まで人が…
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連載10150回 仏説は歌のリズムで <3>
(昨日のつづき) 親鸞が80歳を過ぎてから、さかんに歌の作詞をしたことはつとに有名だ。 親鸞は仏説を歌のかたちで表現することを最終形態としたのである。彼が作った歌は和讃(わさん)と呼ばれた。七…
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連載10149回 仏説は歌のリズムで <2>
(昨日のつづき) ブッダの語った言葉を暗記するために、弟子たちがリズムのある歌にしておぼえた事は前に書いた。 偈というのがそれである。 インド人は暗記の天才であるという。文芸だけでなく、あ…
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連載10148回 仏説は歌のリズムで <1>
仏教は歌と音楽である、とは私が昔から主張してきたことだった。 あちこちの仏教関係の会でも、その話をすることがある。おおむね面白半分で聞かれているようだ。 「それはなかなかユニークな観点ですな」…
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連載10147回 陰謀論とは言うけれど <5>
(昨日のつづき) 北国新聞は北陸を地盤とする地方紙である。石川県を中心にして、きわめて強い人気を維持している新聞だ。 かつて私は北国新聞の資料室に通い、古い日露戦争当時の紙面を調べて、『朱鷺の…
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連載10146回 陰謀論とは言うけれど <4>
(昨日のつづき) 文春の故・池島信平さんが健在でいらした頃のことだ。当時、池島さんは社長で、なぜか駆け出し作家の私を友人のように遇してくださった。池島さんが亡くなられたとき、若い私が弔辞を読むこと…
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連載10145回 陰謀論とは言うけれど <3>
(昨日のつづき) 理想はどうあれ、アメリカは戦争で成り立っている国である。それも自国内ではなく、外国を舞台に行われる戦争でなくてはならない。そこで陰謀の出番である。 ファミリーカーなど何万台作…
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連載10144回 陰謀論とは言うけれど <2>
(昨日のつづき) このところ昭和史がブームである。 満州事変や、満州建国、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦と、昭和は文字どおり動乱の時代だった。 なぜこの国が戦争をくり返し、最後に破局を迎…
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連載10143回 陰謀論とは言うけれど <1>
「陰謀論」という言い方がある。 「陰謀説」ともいうし、「謀略論」と呼ぶこともある。もっともらしい史的論評をする場合、「陰謀史観」と称したりもする。 それほど古い言葉ではないらしい。辞書によっては…
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連載10142回 対談すんで日が暮れて <5>
(昨日のつづき) こうして自分よりはるかに年上の先輩諸氏との対論をふり返ってみると、さまざまな感慨がこみあげてくる。 あれだけの人が、よく自分のような青臭い若造を相手に対話をしてくれたものだ、…
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連載10141回 対談すんで日が暮れて <4>
(昨日のつづき) 年長者のかたとの対談といえば、思い出すのは井伏鱒二さんとの対談である。 たしか『文芸』という雑誌の仕事だった。井伏さんといえば、雲の上の人といった感じだったから、最初はなんと…
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連載10140回 対談すんで日が暮れて <3>
(昨日のつづき) さて、うんと歳の差のある大先輩との対談の話の続きである。 あるとき、京都で稲垣足穂さんと対談をすることになった。伝説の巨人、タルホ・イナガキの名前は学生時代から、いやというほ…
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連載10139回 対談すんで日が暮れて <2>
(昨日のつづき) 一昨年に中央公論新社から出した『嫌老社会を超えて』という本がある。巻末に社会学者の古市憲寿さんとの対談を収録させてもらった。その年の『中央公論』に載った対談をまとめたものである。…
