「べらぼう」が100倍わかる!ぶらり吉原
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                         (22)蔦重が背負って逃げた「九郎助稲荷」の謎解き吉原にはさまざまな地図や細見などが残っている。細見とは案内のガイドブックである。17世紀のものからあるが、18世紀の享保年間に盛んになった。鱗形屋という版元が有名だが、鱗形屋の細見をもっとコンパクト… 
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                         (21)日本橋から吉原まで四つ手の早駕籠でいくと2万5000円もかかった吉原に行くには日本橋から6キロもある。交通手段は船や駕籠が一般的だったと以前、書いた。 運賃はいくらくらいだったのか。船は猪牙舟といって、舳先がとがった細長い舟が用いられた。柳橋周辺から山谷… 
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                         (20)白馬に跨がり吉原へ通ったバブル武士もいた新吉原が生まれて、遊郭は変わった。格式高く、高根の花だった存在から、だんだん、大衆的になっていく。それがよく見て取れるのが菱川師宣の浮世絵である。菱川師宣は1618年に生まれ、1694年に没したとさ… 
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                         (19)太夫は12万5000円、こんなに差があった遊女の格と遊び代遊女の格の話を続けよう。新吉原ができて十数年、17世紀後半の寛文期に入ると、散茶女郎と呼ばれる遊女が人気となった。私娼を取り締まったため、私娼が吉原に流れ、公娼として新参遊女となったのである。格から… 
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                         (18)新吉原で大流行した散茶女郎の手軽さ1657年の明暦の大火後、吉原はいまの場所に移る。新吉原は元吉原の倍近い広さ、東京ドーム2個分はあった。夜に昼の営業も加わり、大火後の復興景気もある。本来であれば、繁盛するはずだったが、さっぱりだっ… 
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                         (17)好色二代男に描かれた江戸時代前期のヒューマニティー東アジアの遊女の激しい「義」や「侠」、沖縄の遊女の「孝」などを見てきた。江戸の遊女の「張り」「情」など、こうして見ていくと、これらは抑圧された遊女の「叫び」のように見える。 彼女らは超えるこ… 
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                         (16)中国、韓国とも違う、沖縄の遊女だけの「孝」日本の遊女と韓国、中国の遊女の生きざまには似ているところがある。激しい意地、心意気である。 韓国のノンゲは日本の武将を抱きしめ、川に飛び込み、一緒に溺死した。中国の李香君は横暴な役人に抵抗し… 
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                         (15)東アジアの遊女にも数々の伝承がある話は吉原からちょっとそれるが、16世紀後半から17世紀前半の「東アジアの遊女」についても語っておきたい。遊郭が隆盛を極めた京都、吉野太夫の「情」、「教養」、吉原の名妓、高尾の「張り」(意地)など、日… 
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                         (14)政治の無策が貧困を招き最下級の売女を生む「色道大鏡」の話を続けよう。遊郭以外の好色について思うところを記した部分もある。中でも注目は、同巻第二十六「曽伽付牧田」だ。曽伽(そうか)は、一般的には「総嫁」または「惣嫁」の字をあてる。上方で路上売… 
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                         (14)男女貴賤の区別なく色道を究めれば「抜粋」故郷(国)を去り、家を捨て(去国破家)、「色道大鏡」を著した藤本箕山。前回、「もてる秘訣」は、目立たず、気負わず、ひけらかさず、そのうえで、相手の気持ちをおもんぱかり、自分の好みを強要するのではなく… 
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                         (12)江戸時代も忌み嫌われたのはパワハラや押し付けだった1678年に完成した「色道」の指南書、「色道大鏡」の話を続けよう。作者の藤本箕山は京都の富裕な商人の子どもだったことは前回触れた。しかし、箕山は「色道大鏡」を書くにあたって、バカになっている。バカと… 
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                         (11)「女遊び」の指南書、「色道大鏡」に書かれていること太夫と遊ぶにはいくらくらいかかったのか。以前、この連載で50万円くらいと紹介したが、それは1回目の話で、太夫クラスになると、初めて会って、すぐ契りを結ぶことはない。2回、3回と通って馴染みとなり、初… 
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                         (10)三大遊女、吉原の高尾を巡る数々の伝承徳川幕府の政治も安定し、景気も上昇ムードだった1650年ごろ、巷ではこんな言葉がはやったそうだ。 「京の女郎に江戸吉原の張りをもたせ、長崎丸山の衣装を着せて、大坂新町の揚屋で遊びたい」 … 
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                         (9)吉野太夫というヒロインが生まれた時代背景京都では春を彩る絢爛豪華な行事が今も行われている。4月の第2週の日曜日、「吉野太夫追善花供養」と呼ばれているものだ。 場所は、常照寺(京都市北区鷹峯)。朱塗りの山門(赤門)を寄進したという故… 
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                         (8)三大遊女・吉野にまつわる粋な伝承時代が寛永期(1624~1643年)に入ると、寛永文化が花開いていく。京都の桃山文化を継承し、幕府体制に順応した文化で、天皇の京都、将軍の江戸という二つの拠点を持った二焦点文化ともいわれる。この時代… 
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                         (7)太夫と遊ぶには飲食代も含めて50万円が必要だった江戸時代の初め、遊郭で遊ぶとどれくらいの金がかかったのだろうか? 例えば、「好色一代男」では、太夫に会いに行くのに銀53匁と記されている。8万円といったところか。ほかに飲み食い費用やチップもある。少… 
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                         (6)市民革命を経験せずに庶民の文化が花開いた特異性日本橋小網町を歩いていると、親父橋跡地がある。江戸時代、日本橋川の支流に架けられた橋の名残で、親父橋の親父は元吉原創設を働きかけた庄司甚右衛門のこと。遊郭の総名主を親父と呼んだのだ。元吉原が許可され… 
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                         (5)吉原の遊郭を認める際、江戸幕府は五カ条の条件を出した元和3(1617)年、申請から12年、吉原(元吉原)に遊郭が認められた。今の浅草方面(新吉原)ではなく、人形町付近の葦原(後に吉原と改名)である。 江戸で遊郭はなぜ、なかなか認められなかった… 
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                         (4)吉原は最初の請願から許可まで、12年の歳月を要した慶長元(1596)年、家康が駿府の二丁町に遊郭をつくり、都市にも遊女が集まり出したと前回書いた。跡地の稲荷神社には「吉原発祥の地」という碑が立っている。明治時代の静岡県知事が建てたものだが、同じく、… 
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                         (3)吉原ができる前に大手町界隈にはなまめかしい湯女がいた遊女の歴史は古いが、中世までは散娼だった。集娼となったのは近世以降のことである。散娼とは、組織化されていない遊女のこと。集娼とは、吉原のように組織化され、管理下に置かれた遊女である。 元吉原… 

 
                             
                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                     
                     
                     
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
         
         
         
         
         
         
        