シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(48)わずか2カ月余だが戦争回避、平和解決の可能性があった
陸軍首脳が強硬に戦争政策を主張し、第3次近衛文麿内閣での近衛の立場を次第に追い込んでいくときに、一時的に外交交渉に力点を置く時期があった。わかりやすくいうならば、日米首脳が膝突き合わせて会談を行う可能性があったときだ。その時期を私は昭和16(1941)年8月4日から10月半ばま…
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