不仲の金田監督と江夏豊が永平寺で寺籠り…我々虎番は“不謹慎”な賭けをした
古い昔、永平寺に行ったことがある。北陸線の冬は雪が深い。
総務に出張の伝票を出したら、「虎番がなんで永平寺なんや?」といぶかられた。
1973年のオフである。曹洞宗の大本山。厚着をして、特急「雷鳥」に乗った。グリーン車に阪神の監督とエースの2人がいる。両人の追っ掛け取材である。
監督に聞いた。
「何しに行きまんねん」
「座禅組むんやがな」
「えっ、ざぜん?」
「あんたらも日頃、悪さばかりしてるんやから、一緒にするか?」
1週間、寺にこもるという。
その4年前、69年のオフ、球団はエース村山実を新監督に据えた。投手兼任だった。
兼任監督1年目、村山は相変わらず、鬼の形相で投げ、投げない日は監督の仕事に精力をつぎ込んだ。夏場に頬がげっそりと削れたように見えた。


















