長嶋茂雄監督のことを「好きなわけない」とキッパリ “空白の一日”から4年後の本音を語った選手
1978年11月、巨人は江川と契約、翌日のドラフトをボイコットした。「空白の一日」である。ドラフトでは阪神が交渉権を得たが、江川は見向きもしない。コミッショナーが仲裁に入り、江川対小林の1対1の交換トレードが成立した。翌年の2月1日、キャンプインの朝、小林は空港でそれを知った。小林は江川のいけにえであった。
マウイ島から帰った小林の取材は暗い話がついてまわった。名前を貸して北新地につくったラウンジと食事どころの支払いが滞っているとかで、建築の下請け、孫請けの職人らが球場まで駆けつけた。小林が先発する夜。球場前に「小林、カネ払え」のプラカードが並びもした。小林には黒い虫がついていたような気がする。スターの宿命と言う関係者がいたが、そんな宿命は救ってもらえなかったのか。阪神の最後の方はどこやら捨てばちな言動が多くあった。小林は最後の最後まで何かを演じていたような気もする。
「俺は今、絶頂にある。あとは落ちていくしかない」
「プロの意地を巨人に勝つことで見せてやる。それがあのトレードに対する俺の答えである」
そう書いてある彼の自著「男はいつも淋しいヒーロー」が私の書棚で吠えている。小林は生涯、理不尽と闘っていた。
そういうことだろう。


















