保阪正康 日本史縦横無尽
-

シリーズ「憲法と日本人」(29)神川彦松は、憲法草案を作るなら政治家はいらぬ、全部学識経験者にしろ、と主張した
石橋政嗣の質問が巧妙だったこともあるのだろうが、神川は、主権の確立の手段として革命によって獲得しなければダメだという言い方をしている。もちろん神川は、革命によって主権の獲得を目指せと民主主義政府樹立…
-

シリーズ「憲法と日本人」(28)改憲派学者・神川彦松は、国民主権は革命の力で戦い取れ、と述べた
民主主義とは何かを論じ合う。それが70年前の改憲論者と護憲論者の認識の違いのよすがでもあったのだ。それは実は今につながる本質なのかもしれない。この第1回の公聴会の議事録に触れていると、そのような感じ…
-

シリーズ「憲法と日本人」(27)憲法施行78年が経つ中、いまさら無効宣言をする改憲論はありえない
その上で神川彦松は、日本が憲法を改正するためには、マッカーサーでさえ明治憲法の第73条に基づいて行ったのだから、今後の改正も憲法第96条に基づくのが法理というものだと言っている。そして、次のように主…
-

シリーズ「憲法と日本人」(26)石橋政嗣に追及された改憲派学者の神川彦松は、憲法を守るべきと断言した
神川彦松の見解には矛盾があると、社会党の石橋政嗣は詰め寄っている。 どういうことかというと、「マッカーサー憲法だ」「占領憲法だ」と神川は決めつける。ならば、占領が解けた時にこの憲法は効力を失…
-

シリーズ「憲法と日本人」(25)「押し付け」ならば無効宣言すればいい…石橋政嗣の神川彦松への問いかけ
衆議院内閣委員会の第1回公聴会での、3人の公述人(神川彦松、中村哲、戒能通孝)の意見陳述の後、自民党、社会党の代議士が質問に立った。むろん自民党所属の代議士は、中村や戒能に対してのかなり底意地の悪い…
-

シリーズ「憲法と日本人」(24)「マッカーサー憲法」「占領憲法」という主張は、改憲をする主たる理由にはならない
その上で中村哲は、マッカーサー憲法という言い方は成り立たないと反論する。 「前の憲法を明治憲法というのは、明治時代に作った憲法という意味でしょう。仮に明治天皇が作った憲法であるとするなら、今の…
-

シリーズ「憲法と日本人」(23)大日本帝国礼賛派とも言うべき神川彦松の戦後憲法批判
神川彦松は続けて以下のように自らの見解を披歴する。抜粋の形になるが、引用を続ける。 「(敗戦による)軍事占領、軍事統治の結果として、今の憲法ができたのであります。ところがこの憲法を作るというこ…
-

シリーズ「憲法と日本人」(22)公聴会で改憲論 学者・神川彦松が断じた「マッカーサー憲法」
公聴会に出席し、公聴人に質問を行った社会党議員にはどのような人物がいたのか。こちらは自民党の旧軍人、内務官僚に対して、全く肌合いが異なっている点に特徴がある。 繰り返しになるが、社会党を代表…
-

シリーズ「憲法と日本人」(21)55年体制下の憲法大論争に迫る…旧軍人と内務官僚の「怨念」
この公聴会の重要性は今にして思えば、憲法擁護、憲法改正の論点のスタートともいうべき内容が含まれていることだ。加えて開催時(昭和31年3月16日)というのは、いわゆる「55年体制」がスタートした頃であ…
-

シリーズ「憲法と日本人」(20)「占領憲法」「マッカーサー憲法」という暴論の源流を遡る
さてこのシリーズでは、護憲、改憲の二元論に異議を申し立てつつ、あえて5つの分類を試みながら、そうした論調の内実を確かめている。5つとは「護憲的改憲論」「改憲的護憲論」「原則的護憲論」「全面的改憲論」…
-

シリーズ「憲法と日本人」(19)明治憲法さえも死滅状態にさせていった軍事機構の危険性
石原莞爾らしい負けず嫌いの見解である。今、走っているフィールドを逆にすれば、非軍事のトップランナーを走っていることになり、それにはそれにふさわしい役割があるんだという見方である。憲法はそのための手段…
-

シリーズ「憲法と日本人」(18)石原莞爾の「軍備放棄」と「戦争否定」は護憲や改憲を超えていた
石原莞爾は、日本軍国主義の具現化を企図した軍人である。その軍人が、敗戦時に日本の進む道は「軍事」であってはならないと自省したのである。廃虚と化したこの国の現実に触れて、自らの軍事理論も崩壊したことを…
-

シリーズ「憲法と日本人」(17)敗戦後、石原莞爾は自らの「世界最終戦論」の未熟さを自覚したのだった
山形県鶴岡市で敗戦を迎えた石原莞爾は、いかなる認識を2つの視点に絞り込んだのだろうか。私はその視点を次のように理解するのである。 ①私の「世界最終戦論」は、論旨に未熟なところがあり、誤りがあっ…
-

シリーズ「憲法と日本人」(16)石原莞爾は現役軍人でありながら「日米最終戦争」を公言していた
石原莞爾が、敗戦後に自らの軍事理論を放棄して、新しい時代における憲法について極めて新鮮な見解を明らかにしたのはなぜだろうか。この種の分析は、これまであまり精細には行われていない。実際に石原は、マッカ…
-

シリーズ「憲法と日本人」(15)石原莞爾は日米の覇権を求めた「世界最終戦論」を予想していた
石原莞爾の名が出たところで、旧軍人の中でも遠藤三郎とともに、その立場はかなり歴史的であることを確認しておかなければならない。石原の憲法論は、日本社会において全く異質の様相を持っているだけでなく、ある…
-

シリーズ「憲法と日本人」(14)日本は根本から出直さなければならない…石原莞爾は先駆けて「戦争放棄」を唱えた
軍人の石原莞爾について、もう少し説明を加えておきたい。私は石原を「時限的憲法論」という枠内で整理している。マッカーサーによる憲法改正の命令よりもはるかに早く、日本が敗戦の代償として軍備を持たない方向…
-

シリーズ「憲法と日本人」(13)敗戦の混乱期に公然と「軍備撤廃」を訴えた石原莞爾の慧眼
前述した⑤の「時限的憲法論」に組み込んでいる一つのタイプとして、名前のよく知られた旧軍人の憲法観も紹介しておくべきだと思う。その一人であるように受け止められてきた石原莞爾を取り上げておきたい。昭和の…
-

シリーズ「憲法と日本人」(12)「時限的改憲論」…旧軍人はなぜ「9条護憲」へ転じたか
第9条をどのように理解するか、それをこの国の柱としていくか。護憲論、改憲論ともに、それを考えるきっかけになっていることは事実だろう。戦後社会はその葛藤と相克の歴史ともいえる。これまでこのシリーズで論…
-

シリーズ「憲法と日本人」(11)「護憲・改憲」二元論の不毛さ、本質は1条と9条のあり方を真剣に考えることだろう
憲法改正が政治日程に上ってきたおりに、あえてその論議を整理することを目的に、この稿を書き進めているのだが、この80年近い間の憲法論はある偏りを見せている、というのが素朴な実感である。護憲論と改憲論の…
-

シリーズ「憲法と日本人」(10)理想と現実の狭間で…石橋湛山が詳しくは語らなかった「9条棚上げ論」とは
このシリーズで論じる1項目なのだが、改憲論や護憲論の他にどのような表現があるのだろうか。これまで論じてきた私と半藤一利(故人)の進めていた「百年いかす運動」のような考え方もある。さらに一部の中間政党…
