萩本欽一〈34〉私の“運”論 大谷翔平のカネを使い込んだ通訳に「小さな声で『ありがとう』」
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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増田「真屋順子さんが運を連れてきて欽どこが当たったんですね」
萩本「そう。順子さんのお母さんの幸せだよ。あと順子さん自身もそれまでじっと耐えてた悲しい物語を何も言わずに、あのペロンとした顔でさ。それで順子さんは最後まで笑いに染まらなかった。それが視聴者からしたら面白かったんです」
増田「そうなんですか」
萩本「ひとつだけ順子さんに言ったことがあるんですよ。『順子さん、笑い顔を客席に見せないでね』って。テレビって今、出演者がみんな平気で笑ってるでしょ、ステージでアハハって。私の浅草の修行時代はね、笑ったら怒られた。『笑うのは客席で、舞台にいるおまえが笑うバカいるか』って怒鳴られたの。笑うと怒られるんで、後ろ向いて肩だけ揺らしてたの。実はね、肩だけ揺らす方がね、お客さんってね、余計笑えるんですよ。お客さんより先に笑っちゃうとお客さん笑わないんですよ。なるほどなって。そういう修行をしてきたから。順子さんがまたいいんですよ。俺が面白いこと言ってると肩揺らしてるの。それがね、順子さんの品の良さを出してくれた。ありがたい方です。私はだから、欽どこはもう順子さんあっての番組」
増田「欽どこが始まる前に順子さんに、そう言われたんですね」
萩本「はい。笑うのは客席や視聴者で、舞台にいる我々が笑っちゃいけないよって。私は浅草で修行してきたことをなるべく守りたいんで、そういうアドバイスした。そしたらそれが当たった。中身は大したことなかったと思うけど、笑い顔を見せない順子さん、後ろ向いてこうやってクックククってやるからね。あの笑いっていうのは欽どこだけでしょ。これも含めて他にはないっていうのがいくつも生まれてくればそれは視聴率30%いきますよ。それは私がやったことではない」
増田「そういう萩本さんから見て、今のテレビっていうのはどういうふうにご覧になられてますか? 例えばバラエティー番組とか」
萩本「今のテレビって、バラエティーとかね、見てるっていう言葉は通用しないと思うんです。ときどきのぞきます、ぐらいですね」
増田「なるほど」


















