スポーツ記事の“お涙頂戴”には辟易するが…大の里と錦織圭、心に残った2つの涙
週刊新潮が「大新聞にあふれる“ポエム記事”をどうにかしろ」と怒っていた。スポーツ記事のお涙頂戴に辟易する──案外誰もが思いながら、アンタッチャブルな問題である。
1990年代の日本の報道は全国紙中心で、その販路拡張に向けてスポーツが使われた。明治末期から駅伝、マラソン、野球、庭球などが。90年代の全国大会は、ゲートボールに至るまで主催・後援に新聞社が名を連ねた。主催ゆえの没批判……お涙記事の背景には、きしんだレールに乗ってこそ全国隅々までスポーツが普及したという複雑な背景がある。
さて、心に残る涙が2つあった。まずは大相撲秋場所の大の里だ。
80年代半ばのことだが、ポルトガルの陸上選手と大相撲を見物した。大はしゃぎの選手が、千代の富士を見て急に、トレーニング、ドーピングと聞きだした──その男、ドミンゴス・カストロはポルトガル陸連会長になったいまも大の相撲好きだが、時代は変わった。スカウト網、栄養管理、サプリメント、筋トレ、ビデオ、海外巡業……実力伯仲で面白みが増し、満員御礼は330日以上継続中で、懸賞の垂れ幕がぐるぐる回ればごっつあん相撲など許されない。
スポーツは時代に沿って形を変える。野球、バスケットボール、サッカー、柔道でさえ変わったが、相撲は変わらない。横綱は優勝が至上命令。3敗して驚かれ、4敗で休場が頭をかすめ、1桁勝ち星なら引退の声……。千秋楽決戦を制した土俵下、大の里が拭った涙は伝統の不条理だろう。


















